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Thursday, June 09, 2005

わたしたちは祈ることを忘れている

「どうか知恵と理解とをわが一族の指導者たちにお与えください。一族の戦士たちを守護し、無事に帰還させてください。若者たちには愛と生きている満足感とをお与えください。一族の年寄りたちが末永くわれらとともにいられるよう、彼らに健康と長命とをお与えください。もしわたしが敗れても自分がいささかも恥じ入ることがないように、わが敵たちに勇気と力とをお与えください。またこのわたしには、すべての存在にたいして優しくなれるような知恵をお与えください。そして一日を終えて日々眠りにつくとき、自分の祈りが無駄であったと思わなくても良いように、一日一日を生かさせてください。」
チーフ・ビッグ・ロッジ・ポール、ブラックフィートの長老

ネイティブ・アメリカンの人たちとの交流のなかで最も印象深いことのひとつは彼らの祈りである。彼らが祈る現場に居合わせるたびに、われわれは祈りをあらかじめ奪われてしまっていることに気がつかされる。ここで言う祈りとは、マントラを唱えたり、祝詞をあげたり、経文を朗詠したりすることではない。あらかじめ文字に記された祈りを読み上げたり暗唱したりすることで祈りが成就することもあるかもしれないが、それでもそうした祈りはきわめて間接的な祈りであることだけはまちがいない。自分と祈りを聞きとげてくれる対象とのあいだに別のなにかが割り込んできているのである。その別のなにかによって祈りを奪われていると考えることもできなくはないのだが、そのなにかにわれわれは自分を託して願いを届けてもらうことを、普通われわれは「祈り」と呼んでいる。それに反してネイティブの人たちの祈りは、自分と、自分をふくむ世界を創られた存在のあいだだによけいなものがなにもない。われわれは自分の声と言葉によって直接偉大な精霊に語りかける。そしてこの意味でわたしは、「直接祈ることの重要性」をこれまで何度もお伝えしてきた。『聖なる言の葉 ネイティブ・アメリカンに伝えられた祈りと願い』(マーブルブックス)という本は、ネイティブの人たちが自分の声で祈った言葉を集めて、日々の暮らしに役立てられるように編集したものである。それはその祈りの言葉をまるまる暗唱するためにあるのではない。自分の言葉でハートから祈るとはいかなることかをそれぞれが体験し、理解し、自分の声と言葉で祈る時の参考にしてもらいたいと考えて形にしたものである。今日冒頭で紹介したブラックフットのエルダーの祈りの言葉は、たまたまネイティブ系の新聞のある記事のなかで見つけた言葉であり、『聖なる言の葉』のなかにこそ掲載されていないが、自分の敵にも勇気と力を与えてくださいとたのむのとよく似た祈りの言葉は同書にも見つけることはできる。わたしがこころ引かれるのは、こうした偉大なる精霊にむかって直接語りかける声であり、そうした声は、言語の壁を越えて、常に精神と物質とをむすびあわせ、ある種の波動として伝わってくる。あなたは自分の声で、自分の言葉で、祈ったことがおありだろうか?

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Comments

大山さん昨日は沢山のシェアをありがとうございました。

大地と命に乾杯☆、。・:*:・゜`★

Posted by: cocoro☆ | Sunday, June 12, 2005 05:35 PM

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