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Tuesday, May 17, 2005

われわれを創られた存在がわれわれとなられた

star4「言葉は生き物です。われわれはそれ使って他の国、たとえばコヨーテの国、鷲や熊の国と意思の疎通を図るのです」と『ビスマルク・トリビューン(Bismarck Tribune)』という新聞のなかで語っているのはアルバート“ホワイト・ハット”サーというラコタ出身のラコタ語の大学の先生だ。サウスダコタ州のミッション市にあるシンテ・グレスカ大学で言語学を指導し、『ラコタ語の読み書き "Writing and Reading the Lakota Language" 』(1999年 ユタ大学刊行)という著書もある。学者であり、教師であり、精神的指導者として、彼はこれまで25年間ラコタ語を教えてきた。この4月、そのホワイト・ハット先生がノースダコタ州のビスマルクにある部族連合単科技術大学(United Tribes Technical College UTTC)で学生たちや職員を前にして講演をしたときのことが記事になっている。「ラコタの言葉にはそれぞれスピリチュアルな意味がある」と題された記事のなかから興味深い言葉を拾い集めてみた。

ローズバッド居留地のスプリング・クリークで育ったホワイト・ハット先生は、50年代のはじめまではラコタ語だけで朝から晩まで来る日も来る日も生活して過ごしたそうだ。「いまでも当時のことを懐かしく思い出します。あの日々がわたしの基礎をつくってくれたのです」と先生は語っている。

夜になると子供たちは自分のお気に入りのストーリーテラーを選んで話を聞いた。共同体のなかには普通でも5人ぐらいのストーリーテラーがいた。みんな子供たちが大好きな幽霊話を話して聞かせてくれるのだ。

「話を聞きたい一心で、子供たちはストーリーテラーのために薪割りをしたり、水くみをしたり、巻きたばこをまいてそれに火をつけて差し出したりしたものです」

ほかにも子供たちは、戦争の話や、恐怖の話や、悲劇の話や、メディスン(魔法の力)の話などをそういう場で聞かされた。「そのような話からわたしたちは自分が誰であるのかを学びました」

ウーンデッドニーの話(1880年、合衆国陸軍がインディアン掃討戦の末期に起こした凄惨な大虐殺事件で、ラコタの女性、子供など数百人の非戦闘員が殺された)などはそれこそ数えきれないくらい聞かされたという。「その話をするたびに、このようなことが誰の身にも二度と起こってはならないと話して、みんなで祈ったのです」

16歳になってはじめて聖フランシス寄宿学校へ送られてひどいショックを受けたとホワイト・ハット先生は語る。「他のインディアンの子供たちから、『お前たちはインディアンだ』といわれて馬鹿にされたり、ラコタ語を話しているとからかわれたのです。そこにいた子供たちの大半は、みんな5歳ぐらいから寄宿学校に送られてすっかり馴らされていたのです」

寄宿学校での教育は「労働と服従と権威への依存」を目的としていたと先生は語る。「夕日を表す言葉を教えられることもなければ、遊び方も習わずに、ひたすら誰かや権威に反応してすごすだけの日々を送っているだけでした」

言葉の勉強と称して、ラコタの精神性を死ぬほど恐れていたカトリック協会派と監督教会派のふたつの文化の両方を、同じように同じだけたたき込まれた。インディアンの言語教育を目的として、先住民の言語表記にアルファベットを用いることを教会がはじめたのは1841年のことで、このときラコタ語のさまざまな言葉も、通訳を介してキリスト教の宗教概念にみな置き換えられてしまったとホワイト・ハット先生は話した。

「たとえばラコタ語のワカンという言葉があります」と先生はつづけた。「キリスト教的な翻訳ではそれは『聖なる、神聖な、謎』といったことを意味しますが、実際のところはまったく異なります。ラコタ語の『カン』は『いのち』とか『動かす力(エネルギー)』のことで、これに『ワ』がついた『ワカン』は、その『カンとともにあること』を意味するのです」

ホワイト・ハット先生は一息おいてさらにつづけた。「つまり、あなたたちひとりひとりが、ひとりの例外もなくワカンななのです。われわれ全員に、いのちを与える力も、いのちを奪う力も、作りあげる力も、壊す力も等しく与えられているのですから」

ホワイト・ハット先生はラコタ語の中に入り込んだ他のキリスト教的概念についても説明した。彼は言った。「わたしたちには宗教というものはありません。わたしたちにはスピリチュアリティー(霊性)があるのです」

先生によれば、スピリチュアリティーというのは、勇気、寛大、忍耐、知恵といった特定の徳の実践を通してあきらかにされるものだ。スピリチュアリティーはまた、ラコタ語の「ミタクエ・オヤシン"mitakuye oyasin"」という言葉のなかでもあきらかにされている。「ミタクエ・オヤシン」とは「われわれを創られた存在がわれわれとなられた」というのが本来の意味だが「このほんとうの意味は」と先生はつづけた。

「わたしは天地創造で生まれたすべてのものと親族関係にある」「わたしは一本の木に親戚として話しかける」「わたしはひとりの親戚として風に、太陽に、月に話しかける」「われわれは礼拝することもないし、頭を下げることも、ひざまづくこともしない」けれども「わたしはひとりの親戚として木と踊る」「わたしはひとりの親戚として木と働く」「必要になれば、われわれは西に向かい、西の方にいるすべての親族関係にあるものたちにまず呼びかける。つぎに東に向かい、東の方にいるすべての親族関係あるものたちに呼びかけ、それから北の方、そして南の方のつながりあるものたちに呼びかける」「祈りはタバコの煙にのってふわふわと漂ってゆく。他のものたちはそれを受け取る」「われわれはそのようにして天地創造で生まれたすべてのものと交わる」ということである。

「癒す力を持った植物を集めるときには捧げ物を欠かすことはありません」そしてこう付け加えた。「われわれはその植物に話しかけます。『わたしたちのためにいのちを差し出してくれたことに感謝します。これはささやかながらわたしからあなたの国への捧げ物です』と」「もらうときには必ずなにかをあげる。あげたらもらう。もらうならあげる。無料のものなど存在しないのです」

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