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Thursday, May 12, 2005

自然の尊厳と地球の聖なる道のために

「東洋の宗教では霊性を内側を観ることであるとする。西洋の宗教にとって霊性とは外側に向かう傾向にある。われわれにとっての霊性とはその真ん中に位置する。われわれは自然の尊厳のために、地球の聖なる道のために立ちあがる。であるがために、自然が神聖なものであり、グレイトスピリットに満ちていることをみんなに思い起こさせることによって、われわれは東洋と西洋の橋渡し役を担いうるのだ」
ウォーレス“マッド・ベア”アンダーソン
生年不明。1985年にあの世に旅立つ。
イロコイ六カ国連合、タスカローラ一族のメディスンマンで、
60年代のアルカトラツ島占拠にも立ちあった。
北米・中米・南米の先住民をつなぐ
American Indian Unity Movement の創設者

わたしがネイティブの人たちの信仰形態を学ぶことにしたのもまさしく同じ理由による。東洋の宗教でも西洋の宗教でもないものが、ネイティブ・ピープルの生き方のなかでは息づいている。歴史を観ると、西であれ東であれ、組織宗教は「自然の支配」の道具として使われる傾向にあった。巨大な組織宗教によってマインドをコントロールされてしまうと、なぜかひとびとは知らず知らずのうちに耳をふさぎ、自然の声を聞くのを止めてしまう。誤解を恐れずにいえば、わたしは「インディアンであるとはどういうことか」を学んできたが、これは断じて「インディアンになろうとしてのことではない」のだ。われわれはもともと本来インディアンであったが、こころを支配され混血して日本人化する過程でそのことをきれいに忘れ去っているのであり、自然について学び、自然とひとつになって生きてきた人たちの世界の見方を学んで、自然の声を聞くトレーニングを積んでスピリットの根っこを大地とつなぐことができて、逆さまの視点から歴史を、自分たちの道を奥の奥まで辿ることで「日本列島のネイティブであったほんとうの自分」にアクセスできると信ずるからである。ニューエイジのインディアンのようになろうとすれば、そのことによってまたマインドも支配されるだろう。われわれはインディアンになるのではなく、自分のなかの深いところで眠らされたままになっている地球に生きる人の部分の目を覚まさせればよいのである。もう一度地球に生きる人となるための勉強は、世界のいたるところではじまっている。これはわれわれも、北米先住民の世界も、また例外ではない。

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