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Saturday, April 16, 2005

スピリチュアル

「スピリチュアルなことというのは、説明するのがむずかしい。なぜなら、なにかを完全に理解するためには、なんであれそのなにかと共に生きなくてはならないからだ」
トーマス・イエローテイル
( Thomas Yellowtail )
クロー族のエルダー

なにかを知るためには、その対象とひとつにならなければならない。英語の諺にも「知ることは愛すること」というのがあった(と思う)。たとえばペヨーテの苦さについても実際に食べてみるまではほんとうのことはわからないように、花のにおいについていくら説明を聞かされても、実際にその花のそばに鼻を近づけて匂いをかぐまではほんとうのことはわからない。そういうときには、目を閉じて花の匂いとひとつになってみれば、どういう匂いかの説明が不要となった自分をそこに発見することになる。ネイティブのエルダーがよく「世界はふたつある」という。これは「目に見える世界」と「目には見えない世界」のことだ。目に見える世界を体験するためには、物理的に相手を手にとって匂いをかいだり食べれそうなら食べてみればよい。目には見えない世界を体験するためには、原理、公理、あるいは法則、ほんとうの価値といったものを知る必要がある。頭がなにごとかを囁き、からだがどのように反応しようとも、われわれはそうした原理にのっとって決定し、行動を起こさなければならない。たとえば、誰かに嫌がらせをされたり、一方的に攻撃されたり、いじめられたり、なにかよくないことをされたとき、スピリチュアルな世界の原理では、われわれはその相手の人間のために祈らなくてはならないとされている。相手の人間の人生に、素晴らしいことが、ハッピーになるようなことが、喜びに満たされるようなことがおこりますようにと祈らなくてはならないのである。いかなるかたちであれ、復讐や仕返しを考えてはかえってマイナスだと、先人たちは教えている。それができてはじめて、わたしたちもスピリチュアルなことがなんであるか理解できるのだ。

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Comments

北山耕平さん、はじめまして。
いつもたいせつに拝見させていただいています。ありがとうございます。
今回のお話は、家の前の大きな桜の木が伐られてしまうという状況にあるぼくの心にやわらかな風をふぅと吹いてくれた気がします。それでもぼくは誰のために祈ったら好いのだろうと思ったりもしています。駐車場をつくるためにそういった作業をする方たちのために、さびしそうに桜を見上げる周辺の住民の方たちのために、そして桜のために。なんだかどうにもやりきれない心もちなのですが、せっかくいただいた機会にぼくにもなにがしかのことを理解できるよう、いのり、感じたいと思っています。

Posted by: まさお | Sunday, April 17, 2005 at 11:11 AM

 はじめて書き込みます。
 この文章に心がしびれました!
 新約聖書の一節を思い出しました。
 汝を迫害する者のために祈れ! の様な内容があったように記憶しています。
 原理は、なんでも共通していたのですね。

Posted by: マッチ | Thursday, April 21, 2005 at 02:15 PM

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