バッファローと野ネズミ
平原インディアンに伝わるおはなし 部族不明
むかし、動物がまだ人間と同じ言葉を話していたころ、一匹の野ネズミが冬に備えて野原で野生のマメを集めていたとき、近くに暮らしていたバッファローが草を食べにのっそりと姿をあらわしたことがあった。バッファローはざらざらした長い舌で草という草をみんな刈り取ってしまう。そうなると天敵の鳥たちからネズミが姿を隠すことができなくなってしまうのだ。小ネズミにはそれがどうにも気にくわなかった。ようし、と野ネズミは腹を決めた。今日こそは人間のようにあいつに戦いを挑んでやる。小ネズミはきーきーした小さな声で叫んだ。
「ホ、友だちのバッファローよ。ぼくと正々堂々と戦え!」
しかしバッファローは知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいた。どうせ冗談だとしか思えなかったからだ。野ネズミが怒ったように繰り返した。
「やい、友だちのバッファローよ。ぼくと正々堂々と戦え!」
それでも敵はあいかわらず黙々と草を食べ続けた。ネズミが相手を軽蔑したような笑い声を上げると、やっとの事でバッファローはネズミに目をやってぞんざいにこたえた。
「おい、ちび助、ちっとは黙っていたらどうだ。あんまりうるさくしてると、ぺったんこに踏みつぶすぞ!」
「そんなこと、できるものか」とネズミがこたえた。
「黙れと言ったら黙れ」バッファローの頭に血がのぼりはじめていた。「もう一度口を開いたら、いいか、ほんとうにおまえをぺったんこにしちまうからな」
「やれるものならやってみろやい!」
わざとバッファローを怒らせるようにネズミが言ったとたん、バッファローは前足でいきなり地面を踏みつけた。蹄が草を踏みつけ大地を切り裂くような音がした。ぐいぐいと前足に力を込めたあと、バッファローがおもむろに足をどけてネズミの姿を探したが、そこにネズミはの姿はなかった。
「だから言わんこっちゃない。思い切り踏みぬいたから、跡形もなくなっちまったじゃないか」
バッファローがつぶやいた。
その時のことだった。バッファローは自分の右の耳のなかが妙にかゆいことに気がついた。何回も何回も首を思い切り振り、いらついたように耳をぱたぱたしたが、かゆみはとれない。それどころか、最初はかゆいだけだったものが、だんだんと痛くなり、痛みはだんだん奥に入っていき、耐えられないほど痛くなってきた。あまりの痛さに気も狂わんばかり。思わず前足の蹄で地面を蹴飛ばし、二本の角で大地を掘り返して、我を忘れて鳴き叫び、たまらずいきなり大地を揺るがせて駆けはじめた。それも最初は一直線に、やがては同じところをぐるぐると、全速力で走りまわるばかり。好い加減そうやって駆け回っていたが、あるときいきなり走るのをやめた。全身がぶるぶると震えている。そのとき、バッファローの耳から例のネズミがぴょんと跳びだした。
「ぼくのほうがえらいってことが、これでわかっただろう?」
「わかるもんかあぁぁぁっ!」
バッファローが怒鳴り声をあげて再びネズミを踏みつぶそうと進み出た。ネズミの上に蹄が踏みおろされようとしたそのとき、ネズミの姿がいきなりぱっとかき消すように消えた。次の瞬間、バッファローは自分の左耳のなかにネズミがいるのがわかった。なぜならそこからまたあの激痛が走ったからだ。バッファローはあまりの痛さに気が狂いそうになり、大平原をむちゃくちゃに走りまわり、転げ回り、ときどき宙に跳ねあがったりした。そしてしまいにはそのまま地面に音を立ててどさっと倒れ込み、絶命して動かなくなった。
するとネズミがバッファローの耳の中から出てきて、魂の抜け殻となったバッファローの死体の上に仁王立ちになって、
「どうだ、見たか! 野獣のなかの野獣を、ぼくはやっつけたぞ!」と金切り声を張りあげた。「他の動物たちも、これで一番偉いのがぼくだってことがわかるだろう」
死んだバッファローの死体の上にのって一人で「ぼくは強いんだぞ、このナイフで皮をはいでやる!」と勝ちどきを上げているネズミの声を、すこし離れた草むらのなかで聞きつけたのが赤ギツネだった。赤ギツネはいつものように腹がぺこぺこ。朝飯になるようなネズミはいないものかと草の間を探していたところだった。少し前にうまそうなネズミを一匹見つけて、思い切り飛びかかったもののこしゃくにも逃げられてしまったばかりなのだ。赤ギツネはひどく落ち込んでいた。そんなとき赤ギツネは勝ちどきを聞いたのだ。
「ええい、皮をはいでやる!」
もう一度その声が聞こえるや即座に赤ギツネは声のする方角に向かった。小さな丘を越えてしばし立ち止まり耳を澄ませた。だがいくら耳を傾けてももはや声は聞こえなかった。赤ギツネが帰りかけたその瞬間、またあの勝ちどきが聞こえた。なんだか力の入らないさみしい勝ちどきだったが、はっきり「皮をはいでやる」と言うのが聞こえた。その声を確かめたとたん、赤ギツネは脱兎のごとく走りはじめた。
赤ギツネは見る見る地面に横たわるバッファローの小山のような死体に近づいた。死体の頭の上にはまだネズミが仁王立ちになっていた。ネズミが赤ギツネの姿を認めて口を開いた。
「おいそこのきみ、ぼくのためにこのバッファローの毛皮を着なさい。おいしそうな肉をすこし分けてやるから」
「はいはい、ありがとうございます。承知しました。喜んで着てあげましょうとも」
ばか丁寧に赤ギツネはこたえた。
さっそく赤ギツネはバッファローの毛皮を身にまとって見せた。ネズミは近くの土の山の上に腰をおろして成り行きを見守りながらあごの先で赤ギツネにあれやこれやと指図をした。
「きみ、肉を小さく取り分けてくれたまえ」
赤ギツネが言われたとおりにすると、ネズミはキツネに小さなレバーの固まりを差し出した。
「ほら、お礼だ」
赤ギツネは差し出されたレバーを一口で腹に収めた。舌なめずりをしながら、
「お願いしますよ、もう一切れくださいませんかね」
と下手に出た。
「なぜ?」とネズミがこたえた。「あんなに大きいのをあげたのに? おまえはなんと欲の深いキツネなんだ! しかたがない、血の固まりをいくつかやろう」
大きな声でネズミがさも赤ギツネを馬鹿にするように言った。
哀れな赤ギツネは言われるままいくつかの血のかたまりを口に入れ、それではたりずに意地汚く血のこびりついた周りの草までぺろぺろとなめ回した。赤ギツネはほんとうに腹をすかせていたのだ。
「頼みます、頼みます。おみやげにもう一切れくださいな。家で腹をすかせた子供たちが六匹もわたしの帰りを待っているんです。食べるものがまったくないんです」
「仕方がない。じゃああとバッファローの肉を四きれやろう。そのぐらいあれば家族みんなで食べるには充分だろうから」
「へ、へ。おありがとうございます。しかしネズミさま、わたしには女房もおりまして、このところ猟がうまくいかず、食うや食わずの状態がずーっと続いておりまして、ぜひこの愚妻にも、肉を一切れいただけないかと・・・」
「とんでもない!」とネズミがおもむろに宣言した。「もう十分すぎるくらいやったではないか。あの程度の働きで、なにを言うか! ほしければ頭のところをくれてやる、それ持って行け」
その言葉が最後まで聞こえないうちに、いきなり赤ギツネがネズミに飛びかかった。ネズミはかすかにキーッという叫び声を残して次の瞬間には赤ギツネの腹の中に姿を消していたとさ。
まあ、ふんぞり返って自分のことばかり考えていると、しまいにはすべてを失いますよという忠告のおはなし——
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