前の世界の新聞
物理学者のグレアム・フリント氏なる人物が、自ら設計して軍事偵察機や原子炉の部品から組み立てた手製のカメラで、米国各地の風景を巨大かつギガピクセル級の超高解像度写真に収めるプロジェクトを展開しているというニュースをホットワイアード日本語版(2005年2月7日号)で読んで、そのままなにげなく彼の運営する『ギガピクセル・プロジェクト』(Gigapxl Project)のページを見に行ったら、イメージギャラリーのなかでグランドキャニオンの超精密な写真に魂を飛ばされたばかりか、そのすこし下に懐かしいニュースペーパーロックの写真を見つけて、ぼくはそのままずっぽりとはまってしまった。
ためしにその写真をごらんになっていただきたい。この岩は、アリゾナ州のさるところにあり、ディネ(ナバホ)の人たちが「話をする岩」と呼んでいるものだ。いわゆる巨大な岩石にきわめてシンプル化されたペトログリフがこれでもかと言うぐらいたくさん描かれている。ごく最近描かれたものもないわけではないが、古いものはおよそ2000年前に誰かによって描かれたとされていて、ナバホの土地にありながらナバホの人たちが先にいた人たちが最初に描いたと言っているものである。
アリゾナの北の方にある岩で、ぼくはこの岩の前でほとんど丸一日を過ごした。午前10時ぐらいから夕暮れになるまでだ。なんとなく離れがたい気がして、とにかくあちこち顔をつけるようにして眺め回した。ひとつひとつの絵がなにかを伝えてきた。言葉を介さないで伝わってくるなにかが存在した。なかにはごく最近に通りがかりの心ないアングロによって描かれたとすぐにわかるものもあった。英語では「新聞岩」と呼ばれている理由も、この写真がはっきりと教えてくれると思う。これまでたくさんの大岩に触ってきたが、ぼくにとっては忘れがたい岩のひとつなのだ。
こんなに精密にこの岩が撮影されたのはおそらくはじめてのことかもしれない。新聞というのは、読むものではなく、さながらお風呂のようにその中に浸かるものだと言ったのは、マーシャル・マクルーハンというカナダ人のメディア研究者(予言者)だった。だからぼくはときどきこの写真を通して「前の世界の新聞」に浸かってみようかと思う。これまでの2000年ほどの間にこの岩の周りでなにが起こったのかを岩は雄弁に語ってくれている。この岩の前にたたずんで不思議な感動を覚えていた20代後半のあの日の自分とインターネットの世界で出会ってしまったような複雑な気持ち。北アメリカ大陸がまだ亀の島と呼ばれていた時代の人たちの心の有様が、手に取るようにわかるではありませんか。
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