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Friday, February 11, 2005

スピリットの声

日お知らせした白いイノシシだけれど、とりあえず食べられてしまうことだけはまぬがれたらしい。「神典」とされ、漢字で記されている『古事記・中巻 景行天皇』に「此の白猪に化れるは、其の神の使者に非ずて、其の神の正身[ただみ]に當りし」と出てくる。血に飢えたヤマトタケルが先住民征伐の帰途、伊吹山の山中で白い猪と出会ってこれを素手で殺そうとしたとき、山の神様がヴィジョンで現れて「白い猪は神の使いなどではなく、神そのものだ」としかりつけたという説話が残されている。「白猪」は「しろき・ゐ」と読む。イノシシは「ヰ(ゐ)」と、一字で呼ばれていた。ヤマトタケルは白いイノシシを殺そうとしたけれど、土地のスピリットがこれを押しとどめたことが、簡単に書かれているわけだ。

わたしは、人類の最初の宗教がどういうものなのかに興味を持って、メディスンマンやシャーマンと呼ばれた人たちの近くで彼らの言動を観察していたとき、その人たちが自然界にあるありとあらゆるものと原初的かつ特別な関係を築きあげていることにひどく感動した。そしてその関係が大前提となって、彼らは自然界の発している言葉やその法則(たとえば「宇宙にあるすべてのものが、〈もの〉と〈スピリット〉のふたつの顔を持っている」とか「自然界とわれわれとのあいだにあるギブ・アンド・テイクの関係、なにかを与えることなしにはなにひとつもらうことはできないという聖なる循環の法則」など)を理解していたことは間違いないと確信するに至っている。

伊吹山のスピリットがヴィジョンの中で「白い猪は神の使いなどではなく、神そのものだ」と伝えたとする伝承をかろうじて言葉の墓場(書物)のなかに持つわれわれは、文明的な生活の中でそうした自然界とのコミュニケーションをとることがあらかたできなくなってしまっているが、それはそのためのチカラをわれわれが長いこと、そうさっと千年以上も眠らせ続けてきたからに他ならない。昨年の秋の熊騒動(彼らは豪雪を伝えていたのだ)といい、今回の「白猪」といい、自然界の発するメッセージを受け止められる人たちをなんとか増やしたいものであります。

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Comments

以前、夜道を車で帰ってたら家の近くの道で大きな白い猪にあったんですが、ふと気になってたまたま白い猪で検索していたらこのページにたどり着きました。
あの猪は山のスピリットだったんでしょうね。そして、あの出来事は何か意味があったんでしょうね。何かを伝えようとしてたんだと思います。
だいぶ距離はありますが、滋賀県の伊吹山の白い猪伝説も何か気になりますね。
メッセージありがとうございました。

Posted by: 白い猪にあいました | Thursday, December 27, 2007 at 04:17 AM

それはたいへんな経験でしたね。「チーフ・アーボルが出した最も新しいメッセージを解読する」も、下記のリンクよりあわせてお読みください。地球各地で白い動物たちがこのところ頻繁に現れています。白い鯨も確認されています。これは「動物の国(アニマル・ネーション)」からのメッセージであると思います。日本国では古来より白い動物たちの出現を吉兆として記録にとどめる習慣があり、日本書紀をはじめとする「歴史書」には頻繁に白い動物たちが出てきます。神聖ないのちであることは間違いないとしても、本当に吉兆かどうかは・・・

チーフ・アーボルが出した最も新しいメッセージを解読する ↓
http://native.way-nifty.com/native_heart/2007/12/post_4735.html

Posted by: Kitayama Smiling Cloud Kohei | Thursday, December 27, 2007 at 07:34 AM

わたしも、ここ1、2年の間に、白い動物を何匹も
見かけています。
と言っても、特別珍しい動物というわけではなく、
隣の家で飼っていて昨年亡くなった犬。
いつも家の周りを歩き回っている野良の猫。
通勤でよく通る川沿いから見かけた、真っ白な水鳥
(くちばしだけが黒い)。
普段よく見ている白い動物、これも何かのメッセージ
なのでしょうか。
でも、彼らを見つけると、ハッとして、
それから、心が洗い流されるような気持ちになります。
白という色がそう思わせるのでしょうか?

それならば、
なぜ白人というと、複雑な気持ちになるのでしょう・・・?

私達人間の中にも、純粋さを取り戻したいです。

Posted by: Rin | Monday, December 31, 2007 at 08:35 AM

それは白人が「白い人」ではないからじゃないかな。
よく見ればピンクだし。^^;

ホピの予言には「ほんとうの白い兄弟」が出てくるね。遠い昔に別れ別れになったままのほんとうの白い兄弟がいつの日にか帰ってきて力になってくれると彼らは信じてる。

白いものを白いものとして見れることも必要だよね。

Posted by: Kitayama Smiling Cloud Kohei | Monday, December 31, 2007 at 03:53 PM

そうですよね(^v^;)。
目に見えて白ければ、というわけではありませんよね。
’白人’という言葉を思いついて、思わずコメントに
書いていました。

おかしな捉え方かもしれませんが、目に映る
肉体、物体(物質)を突き抜けて、その向こうに
スピリットを見ることが大切だということですよね。

今、白い動物たちがどんどん生まれてきたり、
発見されたりして、この世界に集まってきていますが、
インディアンの世界では、動物達も、地を這う人や
空の人等と捉えていますし、
もしかして彼ら白い動物達が白い兄弟なのでしょうか?

もしもそうならば、白い兄弟達のメッセージは
いよいよ真実味を増してきて、私達はますます
準備(どんなことをしたらよいかはよくわかりませんが)
を整えなければならないですね?

その前に彼らを見分ける目を養わないと・・・。

私は、信じる力が強くありません。少しのことで、
自分の気持ちが揺らいで自分を見失うことも多々あります。

でも、先日気づいたんです。
信じる気持ちというのは、自分を信じる=’自信’だと
思うのですが、
私に足りないのは、自信ではなく、祈りだと。
そして、何が自分を、自分の信じることを、邪念から
守ってくれるかが分かりました。

ワークショップでは、風に耳をすませばいいと
教えてくださいました。
それはステップなのですね。
祈りの強さは行為に現れてきます。
それが世界で環になって、この今のすさんだ世界を
動かすのですね。
(間違っていたらすみません。また教えを頂けたらと
思います。)
文字にするとあまりに当然で、自分でも頭では
十分分かってはいることなのですが、
実はそれがまだまだできていないのだと思い
ました。

私に足りないのは、祈りです。
強く信じる為に、祈りの時間を増やそうと思います。

ここ1ヶ月ほど前に、
みんなで手を繋いでいるイメージが(あくまで思い込みの
域ですが)浮かんだんです。
みんな繋がっていて、つないだ手から力が流れ込んで
きたんです。
その時、何か強さみたいなものが私の中に湧いてきました。

この世界が、分かち合いのできる世界に変わってゆく
ことができることを信じて、わたしも祈ります。

本当に未熟者ですが、今後も、ご指導どうぞよろしく
お願い致します。

今年もあと1時間ほどですが、
北山さん、サイトにいらっしゃる皆さん、
来年も1年、よい年になりますように。
大晦日、どうぞよいお年をお迎えくださいませ(^v^)。

Posted by: Rin | Monday, December 31, 2007 at 11:19 PM

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