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Monday, February 21, 2005

巨大建築物への信仰

最古の経蔵・鐘楼の跡か 奈良・明日香村の川原寺跡」というニュースが本日付けのニュースで流された(asahi.com)。一読されると良いと思う。日本書紀に「673年に天智天皇の弟の天武天皇が一切経(すべての経典)を収めた」とされる川原寺についての遺跡のニュースである。とくにわたしの目が吸い付けられたのは、

礎石に柱を乗せるための「柱座(ちゅうざ)」と呼ばれるくぼみは直径約1メートルあり、同寺の中金堂や塔の70〜80センチを上回る。柱の太さや間隔から、2階建てで軒がせり出した豪華な建物だったと推測される。同研究所の担当者は「寺院の中心施設である中金堂より太い柱に驚いた。格の高い建物だったのだろう」と話す

の部分。この太い柱とされた巨木は、いったいどこから切り出されたのだろうかと思った次第。思わず日本列島に「日本」が建国される以前の自然風景を想像してしまった。太い木々がそこかしこにたくさん生えていた深い緑の森の島だったのだろう。たくさんの巨木が切り出されて都周辺の寺院の柱に使われてしまったのだ。当時の巨大建造物を造る人たちは、どこから来た人たちだったのだろうか? そんなことができたのは日本列島のネイティブではなかったから、スピリットの根っこが大地から切り離されていたからに違いない。

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