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Wednesday, February 23, 2005

PEACE な写真のこと

度ご来場いただきましてありがとうございます。今回は当ブログの右サイドバーにある「PEACE」と題された写真ギャラリーの案内です。写真をクリックしていただきますと、(読み込むのに多少時間がかかりますが)該当の写真が大きく表示されるはずです。また大きく表示された写真の下にある[Higher resolution JPEG version ]をクリックされますと、より解像度の高いきれいな写真としてごらんいただけます。当ブログにおいては、ほぼ一週間ごとに展示写真を代えていますが、ここに掲載しているのはすべてエドワード・カーティス(Edward S. Curtis 1868-1952)という米国人写真家が20世紀の初頭に撮影した「北米インディアン」と題されているものです。著作権はすでに失効しており、現在これらは米国国会図書館が公開していて、デジタル化はイリノイ州にあるノースウエスターン大学がおこないました。カーティスはウィスコンシンで生まれましたが、22歳の時に家族でワシントン州に転居し、23歳のときにシアトルで写真館を開き、人物写真と風景写真のうまさで評判をとるようになります。有名なチーフ・シアトル(Chief Sealth)の娘の肖像などを残します。20世紀初頭に大統領のセエドア・ルーズベルトに招聘されて「消えゆく種族の失われつつある文化」の撮影とフィールドワークを開始します。大平原、沙漠、高地、南西部、カリフォルニア、北西太平洋沿岸、アラスカなどで、彼はネイティブ・ピープルと彼らの国々を写真に収めていきました。写真の多くはそのために特別な衣装を付けさせたり、ポーズをとらせたりしていて、自然の姿を撮影したものではないと批判されることもありますが、それでもなお地球に生きる人たちの貴重なポートレイトであることは間違いありません。わたしはカーティスが撮影した写真のなかでも特に北西部太平洋沿岸の人たちの文明化される以前の姿を見るにつけて、日本列島にいたとされる「縄の模様のついた土器を使っていた人たち」と出会ってしまったような奇妙な感慨に打たれます。他ならぬアメリカ合衆国とされてしまっている国で、20世紀の初め(ほんの100年前)まで確かに縄文時代が続いていたということの証拠写真のようなものばかりです。当ブログでは今後もほぼ週替わりでさまざまな彼の写真を掲載していく予定ですが、もしこれを機会に一挙に全部彼の作品群を見てみたいとお考えになった方は、米国国会図書館のデジタルライブラリにある北米先住民の写真の陳列棚を閲覧してください。巡回の仕方としましては、[Browse by Subject]のところから入りますと、迷わずに理解しやすい分類になっています。

curtis

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Comments

大好きです、エドワードカーテイスさん。
電話帳くらい重い写真集2冊、大切にしています。

この偉大な写真家が、私が故郷の国=日本(眼鏡をかけ大きなカメラを首から下げ、そこらじゅうを写真に
撮りたがる、ペコペコした外国の人が表現する日本人)を好きになるのに一役かってくれたようなものです。

誰かが記録をすることをしなければ、民族浄化され
伝わる事がなかったかもしれない。
あの時代エドワードカーテイスという人がいなければ、この偉大なる人々の記録がなかったかもしれない。

写真を残すということが大切なのだと教えてもらった
のが、彼だったのです。
写真嫌いが一発で治り、今は自分でも撮ることをします。

Posted by: 信珠 | Wednesday, February 23, 2005 at 06:25 PM

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