アイスマンの伝説
風の中にいる雪のスピリット
部族名不明
むかしむかし、秋も押し詰まったある日、あるところでたき火をしていたら、燃えさかる火がそばのポプラの林に燃え移ってしまったそうだ。
村人が総出で、いくら消そうとしても一度燃えあがった火はなかなか消えてくれない。いつまでも激しく音を立てて燃え続けて、やがては地面からでている部分だけでなく、地面の下に隠れていた根っこのところまでもがくすぶったうえに燃えていき、地面には大きな焼けこげた穴ができていた。
しかしそれでも燃えさかる炎の勢いは衰えず、地面の黒こげの穴は以後もどんどんと広がり続けた。手をこまねいて見守るだけだった人びともやがて不安な気持ちに襲われるようになった。このままでは世界が全部燃えてしまうのではないだろうか?
なんとか力をあわせて火を消し止めようとはしたのだが、そのときにはすでに火は地面にできた穴の奥深くまでたっしていて、どうにも手がつけられなくなっていた。
「そういえば」と誰かが口を開いた。「北の方へずっと行ったところの氷の家に住む男ならこの火が消せるかもしれないな」
そこでさっそく使者が送られた。
使者は長い距離を歩いて、ようやく氷の家を見つけ出した。その家には氷男のアイスマンが暮らしていた。思いのほか小柄な男で、地面まで届きそうな長い髪をふたつに分けて編みあげにしている。
使者がたっての願いを伝えると、アイスマンはその場で承諾した。
「よっしゃ、ひとつ力になってやるとするか」
と言いざま、男は編みあげていた自分の長髪をほぐしだした。バラバラになった髪の一部を片手でつかみ、それで残りの髪の毛の束を打ちあわせるような仕草をしたとたん、使者は頬にどこからか風が吹きつけてくるのを感じた。
さらにもう一度アイスマンがつかんだ髪の毛をもう片方の手に打ちつけると、こんどはぱらぱらと小雨が降り出したではないか。さらに三度目、アイスマンが同じようにつかんだ髪の毛であいている手を打ちつけたところ、こんどは空から落ちてくる雨粒にみぞれが混じりはじめたのだ。そして次の四度目、アイスマンが髪の毛であいた手を打ちつけると、なんとそのみぞれが大粒のひょうとなって、バラバラバラっと地面を叩きだした。
使者は目を丸くした。まるで雨やみぞれやひょうが、アイスマンの髪の毛の毛先から飛び出してくるようなのだ。
「これでいい。もう帰りなされ」アイスマンが使者に伝えた。「明日になったらわしはお前たちのところに行くだろう」
さっそく使者は一族の人たちのもとへととって返した。
村へたどり着いてみると、あいかわらずひとびとは燃え盛る巨大な穴の脇でなすすべもなく呆然としていた。
翌日、村人がみなで火の様子をうかがっていると、いきなりビューっと北風が吹いてきた。ひとびとは恐ろしさのあまり震えあがった。その風がアイスマンから送られてきたものであることがわかったからだ。しかしその北からの風を受けると、かえって穴の中の火はいっそう大きく燃えあがり、大きな炎が吹き出してきた。
すると次には空から小雨が降りはじめた。しかしそのぐらいの雨粒では炎の力はまったく静まる様子も見せなかった。やがて小雨は大粒の雨と変わり、それが次第にざーざーと流れるような本降りとなって、そのなかにみぞれやひょうが混ざるようになったころ、次第に火の勢いが衰えはじめる様子を見せ、やがて火も消え、穴の底で炭火がくすぶるだけとなり、蒸気と煙の混ざった雲のようなものが赤く燃える炭火から立ちのぼるようになった。
人ごとは雨や風やみぞれやひょうをさけるためにそれぞれの家に逃げ込んだ。つむじ風にあおられた激しい雨やあられや大粒のひょうが、さながら嵐のように、燃えてできた地面の割れ目という割れ目の中に入り込み、そこでくすぶっていた残り火に襲いかかった。やがて火という火もすっかり消えさり、煙すら立ちのぼらなくなった。
天に穴が開いたかのように思えた雨もやがてやんで、人びとがおそるおそる家から表に出て、例の大きな穴のところまで行ってみると、そこには大きな湖ができていた。そして耳を澄ますと、湖の水の底ではまだあの火の残り火がぱちぱちとくすぶるような音が聞こえていたという。
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