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Wednesday, December 08, 2004

「輝く星」のなかの言葉から

昨日の記事の中で紹介した小説『輝く星』(ジョアン・プライス著 北山耕平訳 地湧社刊)のなかから印象に残った言葉をいくつか紹介しましょう。最初の言葉は主人公のホピの少年が自分たちの暮らしぶりを紹介する言葉で、残りは少年を助けるタオス・プエブロのメディスンマンの言葉とされるものです。もちろん小説の中の言葉ですが、それらに共通している響きはメディスンマンとされる人たちの言葉の中にしばしば聞こえるもので、おそらくは誰のものでもない、人類共通の知恵のようなものかもしれません。だからこそ「真理は輝く星」なわけで、それは誰のものでもなく、みんなに与えられているのです。(北山耕平 記)

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「冬になるとね、寒くなって、植物が成長しなくなるだろ。お母さん地球も一休みするわけさ。でもそうなると、ぼくたちの一族は忙しくなるんだな。天地創造の物語を語る神聖な儀式が執りおこなわれるからね。祈りと瞑想のほかにもやることが目白押しさ。なにしろ心を清らかにしておかないといけないんだ。さもないと悪い力がぼくたちの村や大地に入りこんでしまうから」

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「わしらがいのちを授かったのは、この母なる地球で学ぶことがあるからだ。人によっては学ぶことが他の者よりたくさんある者もいるだろう。だがな、学びの旅というやつは、いのちの旅と同じぐらい長く続く」

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「すべてのいのちをつらぬいて、ひとつの偉大なる真実が流れている。それぞれ個々のいのちの流れは、次々に合流し、やがてひとつの大いなるいのちの川となる。われわれが、ひとつの偉大なる真実に向かう道に従うかぎり、われわれひとりひとりが、自分自身と、他のものたちにたいする義務を負っている。そしてわれわれの義務がどこにあるのかを知ることは、容易ならざる作業なのだ」

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「賢い人間というのは、馬を操る手綱にそえた手のごとく、心を操るものだ。人間は、舌を動かす前に、おのれの心にまず耳を傾けなくてはならぬ」

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「狂暴になればなるほど、人間はより多く恐れるようになる。それは多分、彼らがいのちのなんたるかを理解していないからではなかろうか。だからこそ死をそれほどまでに恐れる」

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「新しいいのちなくして死になんの価値やあらん?」

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「太陽が昇ってくるのは、この世に新しく子どもがひとり生まれるようなものなのだな。子どもというのは生まれおちたとき、この世で最初の息を吸いこむ。それがいのちの息吹だ。だから生まれてしばらくは子供の身体も赤い色をしている。が、やがてその赤い色がだんだんと薄れていき、肌の自然な色があらわになってくる。そして子どもが大人になると、今度は自らの子どもをもうけることで、別の子どもたちにいのちを与えることになるのだ。彼は、太陽や地球と調和を保ちながら働いて、食べるものを育て、自然の恵みを良きことのために使うことを学んでゆく」 「ということは、人々が輝いて生きているというのは、太陽が空で輝いているということと、同じことなのですか?」  老人はうなずいた。「そうだ。空にあるあいだ、太陽がそのつとめをはたすように、人間はこの地球でやるべきことをやる。彼が別の世界に滑りこむのはしばしの休養をとるためだ。もしその人間が善を生きたなら、大地や大空にまで届くほどの天晴れな思いを残すことだろう。そうした思いは、その人間が残した日没のようなもので、沈みゆく太陽が人々に天地創造のありさまや自然と調和を保つこととを思い出させてくれる」

   

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