エデンの彼方
狩猟採集民・農耕民・人類の歴史
「狩猟採集民の神話伝説には、善と悪、真面目と冗談を画する一線がない」
-----同書236ページ 「第5章 農耕民の神、狩猟採集民の神」より 池央耿訳
ひさしぶりに目からうろこが落ちるぐらい刺激的な本を読んだので紹介したい。ヒュー・ブロディ著、池央耿訳になる『エデンの彼方(狩猟採集民・農耕民・人類の歴史)』は80年代以降に出版されたネイティブ・ピープル(亀の島・北米大陸のオリジナルな住民のみならず地球のネイティブ・ピープル)について書かれた本のなかで、すくなくてもわたしにとってはもっとも重要な一冊になるかもしれない。仕事の合間や、交通機関での移動の時間に読んでいたので、読むのに2ヶ月ほどかかったが、その間最後までこの本の存在を忘れることがなかった。普通つまらない本だと忘れてしまうのだけれどね。
「狩猟採集民の生き方で注目すべきは、個人の意思を大いに尊重することである。どの集団にも、指導者というよりは技量において崇敬を集める狩りの名人がいる。しかし、その指示や助言に従うかどうかは、あくまでも個人の選択である。狩りの先達は命令を強要しない。自分の意志は明らかにするが、それにどう対応するかは個々の判断に任される。社会的な倫理規範は厳格ながら、上意下逹や集団による制裁によってこれを強制する考えはない。人間の行為が霊界におよぼす影響は、祟りに対する恐れを伴って理解されている。動物を正当に敬わず、禁忌をないがしろにすれば、報いは飢えと病であり、そのことは部族の神話伝説に語られているし、現実に厄災に見舞われた場合、長老やシャーマンもこの考えに立って現状を分析し、対応を検討する。狩猟採集民の社会にあって、個人と霊界の結びつきは何にもまして重要であり、その媒介は夢や、瞑想、直観、とさまざまだが、選択の自由は各人にあって、社会的階層、序列に制約されることはない」
-----同書116ページ 「第3章 時空を翔ける」より 池央耿訳
ふつう農耕民と狩猟採集民とでは、農耕民の方が大地に根ざしていると思われがちだが、著者はこれを真っ向から否定する。農耕文化の歴史は「定住、大家族、移動」と三点セットであり、これが「容赦ない植民地開拓」と結びつく傾向があるからだ。カナダ北方のファースト・ネーションズ・ビープル(カナダ・インデイアンとは言わない)を題材に、狩猟採集民とは何かを細部にわたって追求検証した記録だが、これを読むと、自分の知っているさまざまな部族のアメリカ・インディアンたちが「狩猟採集民的なもの」をリザベーション暮らしの中でだいぶ失いつつある現実に気がつかされる。同時に、自分たちのなかにもほんの少しかもしれないが狩猟採集民的なものが残っている可能性にも気がつかされる。なぜなら「今から1万2000年前には人類はみな狩猟採集民だった」からだ。日本列島における狩猟採集民(遊動民)と農耕民(定住民)との出会いがもたらした植民地国家の表と裏とをわたしは『ネイティブ・タイム』(地湧社刊)という厚さ5センチもある年表の中で考察したし、ライフワークとしてその作業は今も続いているのだが、この本はその作業に厚みを与えてくれることは間違いない。アメリカ・インディアンに限らず、地球の先住民文化、狩猟採集文化、シャーマニズムなどに関心のある人はお読みになれば必ず得るものがあるだろう。地球には文字に記されることなく続いて来たもうひとつの「歴史」があり、その中で形作られて来た狩猟採集の民の世界認識は、彼らの言葉とともに失われつつある。1万2000年という時間が長いのか短いのかわからないが、明らかに今、地球から、そしてわたしたちの遠い記憶の中から、狩猟採集民的なるものが永遠に失われようとしている。われわれにできることはなにもないのだろうか? この本の最後は次のような言葉で締めくられている。
「狩猟採集民と農耕民の遭遇は、一方にとっては喪失、他方にとっては利得の歴史だった。狩猟採集民が失ったものは取り返す術もない。だが、狩猟採集民とは、いったい何者か、彼らがどれだけ大地に根付いた生き方をしているか、農耕民との出会いが何をもたらしたか、そうしたことを世界中がきちんと知れば、いささかなりとも埋め合わせの望みがなくもない。狩猟採集民の達成もさることながら、彼らが語り継いで来た歴史にこそ、人類の未来を切り開く道がある。狩猟採集民がいなければ、悲しいかな人類の存在価値は逓減する。狩猟採集民がいることで、我々は円満な全人たりうるのである」
----同書291ページ 「第6章 狩猟採集民と人類の歴史」より 池央耿訳
エデンの彼方
狩猟採集民・農耕民・人類の歴史
ヒュー・ブロディ著 池央耿訳
The Other Side of Eden
Hunter-gatherers, Farmers and the Shaping of the World
●単行本: 310 p ; サイズ(cm): 19 x 13 ¥2,310 (税込)
●出版社: 草思社 ; ISBN: 4794212682 ; (2003/12/10)
内容(Amazon.co.jp「MARC」データベースより)
人類学者・記録映画作家としての30余年のフィールドワークを踏まえて、狩猟採集民の社会・文化の特質を農耕民のそれと対比しながら、進歩史観を排して人類の歴史を根本から捉え直す。
目次
第1章 イヌイット語を学ぶ
第2章 天地創造
第3章 時空を翔ける
第4章 言葉を奪われて
第5章 農耕民の神、狩猟採集民の神
第6章 狩猟採集民と人類の歴史
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