答えを風に聞く人々
「アメリカは言葉の死にゆく土地とみなされている」という8月16日付けのニュースをThe State.com というサウスカロライナに暮らす人たちのためのニュースサイトで読みました。ニュースは南カリフォルニアのLAの南に位置するオレンジ郡(Orange County)のサンタアナという町から発信されています。
アクジャチェメン(Acjachemen)というインディアンの部族国家が南カリフォルニアのオレンジ・カウンティ(オレンジ郡)にあり、そこの国の人たちの母なる言語が絶滅しかかっているというニュースです。「アクジャチェメン」なんてインディアンの名前を日本に暮らしている人たちはまず聞いたことがないと思います。
*図版はアクジャチェメン・インディアンの国の部族会議のシールド
アクジャチェメンは「ミッション・インディアン」という現在のカリフォルニアの南半分に暮らしていた人たちのバンドのひとつです。18世紀後半から19世紀前半にスペイン人の修道会が21のミショナリーを建てて南カリフォルニアを自分たちの教区として管轄していました。もちろん修道会が国どりをする前から先住民の人たちは気候のよい土地で暮らしていたのですが、修道士たちによって「修道会のインディアン」とひとまとめに呼ばれるようになります。彼等は大きく6つの氏族、チュマッシュ(Chumash)、コスタノアン(Costanoan)、ディエゲニョ(Diegueño)、ガブリエレノ(Gabrieleno)、そしてフアネニョ(Juaneño)に分かれ、そのうちのフアネニョ(Juaneño)の人たちがアクジャチェメン・インディアン国を構成しています。
アクジャチェメン・インディアンの残されている人口は現時点で推定2500人ぐらい。アクジャチェメンの言葉を話す人はもう数えるほどしかいません。もちろん他の大きな部族と同様に、自分たちの言葉を残すための努力は何十年もずっと続けられてきました。カ・チ・ロボ・ゴールデンさんは啓示を受けたものとして一族の儀式を司る女性ですが、儀式には自分たちの言葉による祈りが欠かせないものとなっています。言葉が死ぬときに、儀式が死に、儀式が死ぬと一族も死ぬという風に、普通地球に生きる人たちは考えて、彼女もまたなんとか自分たちの言葉を伝える人を育てようとしているのですが、アクジャチェメンの場合、その言葉を教えていいかどうかのきわめてユニークな試験があるというのです。
例えばあなたがその言葉を学ぼうとして、とある山の麓に建つ彼女のもとを訪れたとします。彼女はそうすると家の外に出て山に向かって腰を下ろして座り、そっとあなたの名前を風に向かってささやくわけ。そうしたらそのまま彼女はその場所で6日間じっと風が答えをくれるのを待ち続けるのです。カ・チ・ロボ・ゴールデンさんは言います。
「もし風が同意してくれたら、言葉を教えましょう」
ゴールデンさんは、おそらくアクジャチェメンの言葉を話せる生身の人間としては最後のひとりでしょう。彼女は毎年何人かの「試験にパスした」生徒たちに自分のなかから出てくるスピリチュアルな言葉を教えていて、アクジャチェメンの言葉が生き残るかどうかは彼女と生徒たちのこれからにかかっています。
アメリカのような、もちろん日本国もそうなのですが、いくつもの少数民族の国を征服する形で作られた国家は、ある意味で「言語の墓場」とならざるをえません。現代言語協会(Modern Language Association)の会長であるローズマリー・フィールさんは「アメリカ合衆国は言語の死に場所なのです」と言います。「最初の世代はもともとの言葉を話せるけれど、第三世代の子供たちはもともとの言葉の単語をいくつか知っているにすぎなくなる」と。
もちろん、母なる言葉が失われていく要因はさまざまにあります。アクジャチェメン・インディアンの場合は、スペイン人の征服者がカリフオルニアに姿を現した16世紀から試練がはじまりました。組織的なインディアン文化の破壊が続けられたからです。19世紀になると、入植者たちには「言葉の通じないインディアンを狩ること(捕まえて殺すこと、もしくは、殺して捕まえること)」が奨励されました。この結果、たくさんのアクジャチェメン・インディアンの人たちが否応無しにスペイン語を話すようにされ、スペイン的な、あるいはメキシコ的な名前をつけるようになったのです。この結果、南カリフオルニアという、言語的に見ても最も多様性のあった地域では、その70パーセントの言語が失われてしまいました。
一度失われてしまった言葉を復活させることは至難の業です。アメリカの先住民たちは、それぞれの部族で母なる言語を守るために全力を挙げて取り組んでいます。言語の墓場とされるアメリカにおいて、この先20年間でどのくらいの数の言葉が生き残ることが可能か、見守らなければなりません。
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