失われた物語を求めて
※以下は2年前に日本のクラブカルチャーの仕掛け人である桑原茂一さんの主宰する創造集団クラブキングの求めに応じて、その「ケーススタディ」というオンラインのメディアに発表したものの再録である。私の事情を言えば、ちょうどカルロス・カスタネダの『時の輪—古代メキシコのシャーマンたちの生と死と宇宙への思索』という本を太田出版より翻訳刊行した頃で、その本の紹介をかねて書かせていただいた。若干手を加えたのでよければお読みください。
ほんとうの「物語」というのは人間の外側にではなくて内側に存在している。心のなかに。心のなかをのぞき込む作業を西洋の学問では心理学とか精神分析学などと呼んでいるが、そうしたことは「白人文明」にだけ特有のものではなく、地球の先住民たちはそれを魔法として長いこと大切にしてきた。今ではそうした技術は「シャーマンの技」「シャーマニズム」「呪術」などと名づけられている。
近年、文明のあり方に疑問を感じた人たちによって「シャーマニズム」に脚光があてられていることは、感覚の鋭い人たちはすでにご存じのことと思う。「テクノ・シャーマニズム」とか「ポップ・シャーマニズム」とか「脱工業化社会のシャーマニズム」「都会型(アーバン)シャーマニズム」などとそれぞれに呼ばれていたりする。ポップな神秘主義の延長線上にある限りなくイカガワシイものから、そうでないものまでそこにはいろんなものが---ミソもクソも---ごちゃ混ぜになっているのだが、多くの人たちが「シャーマニズム」に関心を抱きはじめていることだけは誰にも否定しようがない。そして私が求めている「物語」もまたそのシャーマニズムと不可分の関係にあるのである。今回はその話をしたい。
そこで現代人にシャーマニズムへの関心を抱かせた最大の功労者であるカルロス・カスタネダという人物について、みんなはどれくらい知っているだろうか。彼は、20世紀の後半に『ドン・ファンの教え』という本にはじまる12冊の本を書き残して1998年の4月頃に死んでしまった謎に包まれた人物だ。
気鋭の人類学者としてアメリカ南西部の先住民に残されていた薬草の研究をしていた彼がヤキ・インディアンのシャーマン(呪術師)のドン・ファン・マトゥスという老人から幻覚性植物の使い方をとおして学んだ世界の認識の仕方を記述していったもので、UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)の卒業論文として発表されたのちに一般にも公開されて世界的なベストセラーとなった。
仮にもし「世界を変えた書物」が存在するとしたら、彼の書いた一連のドン・ファン・シリーズこそがその本であり、現在もなおわれわれは、誰もがみな好むと好まざるとにかかわらず、その本の影響下にあるといっていい。もちろん読んだことがあろうとなかろうとだ。あの911以後も、その価値はいささかも失われていない。
70年代にはじまっている世界的な価値の転換運動(意識革命)の引き金をひいたのが彼であることは間違いなく、彼の死が発表されたとき、アメリカでは大新聞がこの「ニューエイジのゴッドファーザーの死」を異例の大きさで扱っていた。ところが70年代の意識革命や価値転換運動に乗り遅れ、そのまま21世紀を迎えてしまった日本では新聞記者や知識人とされる人たちは、カスタネダが何をしたのかをまったく理解することができずに今日という日を迎えている。今ほど新しい世界の見方が必要とされているときはないのにもかかわらずである。
日本のメディアや知識人や学者たちにカスタネダが受け入れられなかった最大の原因は、ひとえに幻覚性植物の使用をすすめているかのような記述にあるといっていいかもしれない。カスタネダは幻覚を誘引するサボテンのペヨーテや俗にマジック・マッシュルームと呼ばれる精神に何らかの影響をおよぼすキノコなどを用いて新しい世界の見方を獲得していくわけで、のちに最終的な結論として幻覚性植物が問題を解く鍵ではないことがあきらかにされるのだが、それでもなおこうしたものの体験なくしてまずその記述を理解することは難しいからである。
そうした向精神的な触媒(エージェント)について長いこと鎖国状態を続けて−−そのくせアルコールとニコチンという国家公認の課税対象にある向精神薬には寛大という自己矛盾を抱えたまま−−精神に影響をあたえるとされる植物のまともな研究ひとつできずにやみくもに恐れてそれらにたいする国家の規制を求める傾向が、20世紀後半以降大きな抑圧となって感受性に鋭いこの国の若者たちのうえにのしかかってきている。「自由とはなにかを知らさないまま、国家体制に疑問を感じることなく、おかみに逆らわずにおとなしく税金を払い続ける日本人を作る」のがこの国の一貫した国策であるのだが、そうしたシステムにとっては個人の意識の変容に基づく新しい世界の見方は脅威以外のなにものでもない。わたしたちが自分の内側にある物語の口を封じ、自分の中の先住民的なものを押し殺しているのも、同じ理由による。
カルロス・カスタネダの一連の書物は全部で12冊あり、そのすべてが日本語で読めるようになっている。どれもシャーマニズムに関心を持った人は避けて通れない本たちであるのだが、どれから読んだらいいのかわからないという声も多い。カスタネダの一連の書物がすべて「ドン・ファン・マトゥス」と名のったアメリカ先住民のシャーマンの教えに基づいているものであることから、その人物の教えそのものに直接アクセスしてみるのがいいと思う。
カルロス・カスタネダが11冊目に発表した『時の輪—古代メキシコのシャーマンたちの生と死と宇宙への思索』という本を私は半年ほどかけて翻訳して、2002年の4月に上梓した。これは、その他の11冊とはまったく傾向が異なる異質なリアリティを持っている本である。
それは注解を除いたほとんどの部分がドン・ファンその人の言葉そのものを再整理したものであるからだ。幻覚性植物のことはなにひとつでてこない。この地球において、世界を見る新しい目を持った人間が、いかに生き延びていけばよいかを、ドン・ファンとされた人物の教えの言葉だけで表現している。すべては過去にいちど発表された物語の中に出てきているのだが、それらが異なる意識のステージを与えられて再表現されているのだ。当然ながら翻訳も異なる。その他の11冊が物語によって説明していることを、物語ではないもの−−シャーマンの声−−のみによって表現したものである。つまるところこれは、読む人の心のなかで眠ったままになっている物語に火をつけるためのものとしてカスタネダが残した強力な道具なのである。
おそらくはカスタネダを読むときに最初に読む本であり、最後に読む本でもある。この本を読んで多くの人たちがカスタネダとドンファンらの呪術師が織り成す物語の世界に入って行って自由な自分を体験することができるといいと思う。そしてさらに旅を続けるにあたって、12冊もの本を持って旅を続けられないと感じたら、この私が心を込めて翻訳した『時の輪』を一冊もって、長く険しい旅を続けられんことを。
毎日好きなページを開いてその声を聞いてみる。日々のはじまりをチューニングするためにも、書物の中に入り込んだ呪術師をひとり連れて人生を旅するという感覚を、ぜひ味わってほしいものであります。
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