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Thursday, July 08, 2004

時として人生に大変なことが起る理由

グランドファーザーの教え


ひとりの若者がグランドファーザーにたずねた。

「どうして人生には時として大変なことが起きるのですか?」

その質問を受けて偉大な年寄りがこたえた。


「グランドファーザーはこうおっしゃられる。人生には、悲しみがあるように喜びもある。負けることがあれば勝つこともある。倒れることもあれば、立ったまま動かないこともある。腹が減っているときも、満腹のときもある。悪いこともあるし、良いこともあるだろうと。この言葉を聞いて、なにも落ち込む必要はない。グランドファーザーはそうおっしゃることでおまえさんに現実というものを教えてくださっているのだから。つまり人が生きるということは、光のなかを歩くときもあり、影のなかを進むときもあるということなのだ」

「グランドファーザーはこうおっしゃられる。なるほどおまえさんは誰に生んでくれと頼んだわけでもない。だが今おまえはここにいる。弱さもあれば、強いところもあるだろう。おまえさんにはその両方が備わっている。なぜなら、人生においては、すべてのものにふたつの面があるのだから。おまえさんのなかにだって、勝ちたいと思う意志があるように、負けさせようとする力も働いている。思いやりを感じる心もあれば、偏狭で高慢な部分もあろう。おまえのなかには、人生に正面から立ち向かおうという生き方もあるし、同じように、それから逃げ出してしまいたいという恐怖もある」

「グランドファーザーはこうおっしゃられる。人生はおまえさんに生きる力を与えることもできると。その力は、人生の嵐に立ち向かったとき、負けを知ったとき、悲しみや胸の痛みを知ったとき、深い悲しみと向かいあったときに与えられるだろう。おまえは嵐のただ中でしっかりと立たねばならない。吹きつける風や、寒さや、暗闇から、顔を背けてはならない。吹きつける嵐がひどくなったら、それだけしっかりと立たなくてはならない。なぜなら激しく吹きつけてくる風は、おまえを打ち倒そうとしているのではなく、ほんとうはどうすれば強くなれるのかを、おまえに教えようとしているのだから」

「グランドファーザーはこうおっしゃられる。強い人間というのは、いくら体が疲れていたとしても、山の頂にむかってさらに一歩足を踏みだす者のことを意味する。それはまた悲しみの涙がいつまでもとまらないことをも意味する。どちらをむいても絶望の闇のなかで、それでも答えを探し求めつづけることを意味する。あと一度心臓がビートを刻むことの希望にしがみつき、自分の目で夜明の太陽を見るために、約束された新しい日の到来を確認するために、生きることにしがみつくことを意味する」

「グランドファーザーはこうおっしゃられる。山の頂にむかってさらに一足、昇り来る太陽にむかってさらに一足、希望にむかってさらに一足、そうやって踏み出された一歩は、いかに弱々しいものであろうと、どんなに手強い嵐よりもはるかに力ある一歩であるだろう」

「グランドファーザーはこうおっしゃられる。足をとめることなく、前に進みなさいと」


※ネイティブの世界においては、グランドファーザーは実際の長老を意味すると同時に、「母なる地球・父なる空」の「空であるところの父」をも意味する。

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