おそるべき記憶力
20世紀になって10年ほどすぎたころの北米西部、汽車の旅をしていたひとりの旅人が、とある駅を通りかかった。そこは西部のまん中で、汽車の乗員たちの中継所となっていた。停車時間がしばらくあったので、旅客は勝手に汽車を降りて小さな町のなかをあちこちと歩きまわった。どこといってとりえのない田舎町で、見るものもまったくなかったが、ひとりのインディアンの老人に旅人は興味を覚えた。町の人間の話では、なんでもその老人の記憶力は、ただものではないらしい。旅人はひとつその老人の記憶力を試してやろうと考えて、こう老人にたずねた。
「あー、君、1904年の10月9日の朝食には、なにを食べたか覚えているかね?」
インディアンの老人は間髪をおかずに返事を返した。
「卵さ」
「はぁ!」と旅人は声を張りあげた。「どうせそうこたえておけば無難だと思ったのだろう。今時のこの国の人間はたいてい朝飯には卵を食べているからな。そんなことでは、あんたの記憶力が良いことの証明にはならんぞ」
それからさらに数年がすぎた。あのときと同じ旅人がまたあのときと同じところを通って旅をした。なにもかもが以前の時と同じだった。同じ町で、乗員の交代があり、町を歩いてみると、あのときと同じインディアンの老人がいるではないか。
前と同じ近づき方をするのも芸がないと考えて、旅人は別の挨拶の仕方でそのインディアンの老人に話しかけてやろうと考えた。旅人がつかつかと老人のところに近づいて、右の手をあげて、「ハウ!」と声をかけた。
「ハウ(Haw)」というのは、インディアンの使う言葉(正しくはラコタの言葉)で、「こんにちわ」という意味だ。「ハウ・コラ(How kola)」というと、「こんにちわ、ともだち」という意味になる。しかし同じように耳に聞こえる英語の「How」には、当然ながら別の意味がある。「どのような方法で」とか「いかにして」といった意味だ。旅人は前者の意味で、インディアン式の挨拶をしたわけだが、インディアンの老人は顔を起こしてその旅人の顔をのぞきこむとこうこたえた。
「スクランブルエッグさ」
※ちなみに近年では「Haw」を非インディアンが使うのは避けられる傾向にある。
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