あなたのなかのインディアンに
White Buffalo Teachings
日本語版『ホワイト・バッファローの教え』のためのまえがき再録
文・北山耕平
今から十五年ほど前に、わたしの書いた『ネイティブ・マインド』(地湧社)という本が出版されました。この本を書くのに四年の歳月がかかっていますから、その本のもととなる文章を書いていたのは二十年ほど前の一九八十年代初頭のことです。その本は、それまでに日本で出版されたアメリカ・インディアンについてのどの本とも違っていたはずです。わたしが伝えようとしたのは「目には見えない彼らの世界」についてでした。
七十年代の後半に、わたしは偶然に導かれるように彼らの世界に足を踏み入れたのです。そこで見たり聞かされたり体験することになった世界は、それまでにわたしが知っていたものをことごとく否定しさりました。自分が教えられてきた知識が実にあやふやなものであったことを、否応なしに気がつかされました。
自分は誰なのか? どこからきて、いずこへ向かっているのか?
生きていくうえでほんとうに大切なものはなんなのか?
世界の見え方がそれ以前と全く違ってしまった自分を、わたしは発見することになったのです。それまですごい速さで生きてきたわたしの人生に、あのとき急ブレーキがかかりました。
ブレーキをかけたのはチェロキーのメディスンマンであり、ネバダの砂漠の中にあるウエスタン・ショショーニ国で奥さんと暮らしていた、生前のローリング・サンダーという強力な人間の存在でした。
わたしは、彼が体現していた伝統的な価値観と世界観に心を奪われました。彼のもとに通うかたわら、何人ものエルダーたちのところを訪れて、教えを乞うようになりました。そのときの縁がもとで、ラコタのメディスンマンであったレイム・ディアーの本を翻訳することにもなりました。
そうやってわたしが彼らの世界のなかにどっぷりとひたっていたのは、それまで長いこと非合法であった「宗教の自由」を、一九七八年にネイティブ・アメリカンたちがようやく回復してからの四年ほどの間になります。
それは「インディアン」についてのそれまでの認識が、ことごとく逆転した時代でもありました。
なるほど、二十世紀前半に白人化教育の影響を最小限にしか受けずに、非合法だった宗教的な教えをそれ以前の世代から受け継ぐことのできた、おそらく最後の世代の宗教的な指導者やグランドファーザーたちが、最後に一瞬かがやきを見せた重要な、そしておそらくはもう二度とないであろう時代ではありましたが、その人たちの多くが地球の旅を終えてスピリットの世界にいってしまった今になって思えば、それはまたネイティブ・ピープルにとっては新しい闘いのはじまりでもあったようです。
アメリカ・インディアンの宗教が、八十年代にポップカルチャーのなかに浸透するにつれて、「ウォナビー」と呼ばれる多くの人たちが登場しました。
インディアンのような格好をして、インディアンのようになりたがる、自らの根っこを失ってさまよう一群の人たちです。
ネイティブ・ピープルの伝統的な教えや儀式や儀式で使われる道具などが、心ない人たちによって高額に取り引きされるようになりました。教えや儀式や聖なる土地に対する愛と尊敬よりも、個人的な満足のほうが重要視されることになって、結果的に彼らは善意のフリをしてネイティブ・アメリカンの精神性を大きくゆがめてしまうことに力を貸すことになっています。
自分たちに都合のいいように作り替えられた儀式が、伝統的な儀式であるかのような顔をして、地球規模に広められていきました。伝統的な教えや儀式を、お金に替える魔法を披露するいかがわしい人たちもたくさんいます。
かくして、コロンブスがやってきたときにはじまった彼らの戦争――テロリズムによるジェノサイドの恐怖と戦う戦争――は、物理的なところから精神的なところへと、その主たる戦場をはっきりと移したのです。
「大地を奪われ、子供たちを奪われ、生き方を奪われたあげくに、心まで奪われつつある」と、今の状況を表現する人もいます。おそらく今彼らの世界で起っていることは、彼らにとっては生存をかけた最後の闘いではないかと思われます。
この進行しつつあるプロセスのなかで、自分には一体なにができるのだろう? 日本においても、この十五年で、アメリカ・インディアンに対する認識が大きく変わりました。喜ばしい反面、しかしこれでいいのだろうかという声が、いつもわたしの心のなかではひびいています。
なるほど日本人がアメリカ・インディアンとそう遠いところにいる人ではないという科学的なデータがいくつもあります。遺伝子的にも、彼らとわれわれは、数千年前にどこか遠いところで別れたままになっている兄弟姉妹たちである可能性があります。
はじめて彼らの世界に足を踏み入れたときのわたしの確信は、「コロンブスが来るまで新大陸では縄文時代が続いていた」というものでした。この確信は今も全く揺るいでいません。頭と心と身体から構成されているわたしたちの宇宙の中のどこかに、南北アメリカ大陸の先住民たちと通底するなにかがあることだけは間違いないでしょう。
そしてもし、わたしたちのなかに「インディアン的な部分」がまだあるとしたら私たちはこの地球に存在するネイテイブ・ピープルのなかで、本道をはずれてもっとも遠くまで来てしまったと言わざるをえないでしょう。
それは「母なる大地」の取り扱い方を見れば、一目瞭然のことなのです。日本列島のほぼ中心に位置し、おそらくは日本列島のネイティブたちには最も神聖な山とされた富士山の今のありさまは、どうでしょうか?
そこはゴミの山であり、一部の人たちの金儲けの対象にされてしまっています。私たちは土地に対する尊敬を失い、なにが聖なるものかを、自分のハートで判断できないようになっています。わたしたちは、自分たちが大地とつながっていたはずの根っこを遠い昔に失っているのです。
というより、長い時間をかけてわたしたちは自分のなかの「インディアン的な部分」を、そうすることで押し殺してしてきたようにすら思えます。
その部分を閉じ込め、二度と発動させないようにすることで、根っこを失った日本人を演じつづけているように思えてなりません。
母なる日本列島のスピリットの声に耳を傾ける、次の世代の出現を願って、わたしはネイティブ・アメリカンのことを日本の人たちに伝えることを自分に与えられたつとめであると、これまで認識してきました。
『ネイティブ・マインド』の本の最初のところに、印象に残ったローリング・サンダーの言葉のひとつを書き留めておきました。それはこういうものです。
「母なる国がほろびる前に、お前の兄弟姉妹たちが滅亡する前に、しなければならいことがたくさんある。これは全世界のあらゆる国に共通のことだ」と。
われわれの国は、ほろびようとしています。ここでいう「国がほろぶ」というのは、経済的な破綻とか、戦争に負けるとか、そういうことを意味しません。長い間、欲に駆られるまま人間たちが自分のことだけしか考えてこなかったために、大地に対する愛と尊敬を喪失したために、日本列島の自然そのものが、そして地球そのものが、まさしく重病でほろびようとしているのです。
それは同時に、わたしたちの精神が、スピリットが、病んでほろびそうになっているということも意味します。
昨今、自分勝手な「癒し」という言葉が多用されていますが、ほんとうの癒しを必要としているのは「母なる日本列島」であり「母なる地球」であることを、そのうえで日々の生活をおくっている多くの人たちが気がつく必要があるのです。
とりわけのほほんと「日本人」をやっていることに疑問すら感じないわたしたちは、あらかじめ失われていた母なる地球とのきずなを、自発的に回復しなくてはならないときに来ているのです。
今回、ラコタのピース・チーフであり、第十九代の守り人として、彼らの最高の神器である「聖なるバッファローのバイプ」を守護しつづけるルッキング・ホース氏の『白いバッファローの教え』が日本語に翻訳されて刊行されるのは、まさしく「正しい時」と「正しい場所」を得たものといえるでしょう。
この教えが、世に出る直接のきっかけは、本書にも書かれていますが、一九九四年の夏にアメリカ合衆国ウィスコンシン州のジェーンズビルにあるハイダー牧場で、全身が白い毛でおおわれたバッファローの赤ん坊が誕生したことによります。
百年ほど前に、ラコタの偉大なチーフ・クレージー・ホースが「白いバッファローがいずれの日にか帰ってきたときに、われわれに残された白いバッファローの女の予言が成就する」とメッセージを残したこともあり、白いバッファローの赤ん坊の誕生は、ラコタのみならず、インターネットやテレビのニュースを通じて、またたくまに全米、そして世界各地のネイティブ・ピープルに広まりました。わたしもこのニュースをインターネットで知り、興奮したことを昨日のように思い出します。
白いバッファローは大平原に暮らしてきたラコタ、クロウ、チペワなどのネイティブ・ピープルにとっては、最も神聖なものの象徴であり、吉兆であり、その誕生は彼らが長く待ち望んできた「地球がひとつになる新しい心の時代のはじまりを告げるもの」だったのです。
わたしたちは、あらためて言われるまでもなく、ほんとうに大切なときにさしかかっています。
ここで言う「新しい心の時代」とは、特定の宗教を意味するものでもないし、インディアンにあこがれるということも意味しません。自分たちが長い年月の間になにを失ってしまっているのかを、新しい観点から知るためにも、彼らのこと−−地球に生存しつづけている先住の民のこと−−をもっとよく理解する必要はありますが、そのこととわたしたちがインディアンにあこがれたり、なりたがったりすることは全く別問題なのです。
どうか、地球に生きるひとりの人間として、母なる地球の声に耳を傾けてください。
どうかあなたのなかで眠ったままになっているインディアンの目を覚まさせてください。
わたしは、その偉大なる存在に向かって、声を送りました。
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ラコタの精神的指導者で「World Peace & Prayer Day 」の提唱者によるメッセージブック
『ホワイト・バッファローの教え』
著者:アーボル・ルッキングホース
編者:ハービー・アーデン、ポーラ・ホーン
翻訳:本出みさ 装丁:菊池繁昭
2003年12月発行:WPPD 2004 Japan事務局 発売:スタジオ・リーフ
定価1260円 (10冊まとめて買うと1冊無料進呈)
ISBN4-915963-27-6 C0039
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