トウモロコシの精霊(物語)
タスカローラ一族につたわるお話
再話 北山耕平
むかし、あるところに、ひとつの村がありました。
村にはトウモロコシの畑があって、毎年たくさんのトウモロコ
シがとれました。
来る年も、来る年も、たくさんのトウモロコシが、とれるので
いつしか村人たちは トウモロコシが毎年たくさんとれるの
があたりまえのように、おもいはじめました。そうなると、ト
ウモロコシの畑は、ほったらかしです。もうだれも わざわざ、
雑草をとろうともしません。
子供たちはトウモロコシの茎を平気で足で踏んづけて遊びます。
トウモロコシが実れば人びとはとりあえず刈りとりはしました
が、それもおざなりなやりかたで、実をつけたトウモロコシが、
あとにはたくさん残されたままです。
ほとんどのトウモロコシが収穫されることもなく、ほったらか
しにされて、鳥たちの餌になりました。食べるよりもはるかに
たくさんのトウモロコシが、むだに捨てられました。実のはい
ったトウモロコシを犬たちになげて遊んだりもしています。
冬に食べるために、トウモロコシを乾燥させて粉にしてとって
おいたり、来年の春にまく種となるトウモロコシを保存してお
いたり、いちおうは昔どおり、まねごとのようにするのですが、
すべてがいいかげんでした。
種になるトウモロコシは、籠につめられて地面に埋められまし
たが、その籠がきちんとつくられていなかったりします。トウ
モロコシを埋めておく穴だって、浅く掘られていたり、しっか
り土をかぶせていなかったりしました。
「森にいけば、いくらでも獲物がとれるさ」村の人たちはいい
ました。「たとえ冬用のトウモロコシがだめになってもいくら
だって、獲物をつかまえられるから、だいじょうぶだよ」
というわけで村の人たちは、自分たちに生命をあたえてくれる
トウモロコシを、すこしも大切にしなくなっていったのです。
それどころか、自分たちが生きていることをありがたいと感じ、
神さまにお礼をいうことすら忘れてしまいました。
でも村のなかにひとりだけ、トウモロコシを大切にしようとし
ているひとがいました。彼は「ダヨハグウェンダ」という名前
でした。
ダヨハグウェンダは自分のトウモロコシの畑の手入れをおこた
りません。雑草もていねいに抜いてあげます。たわわに実った
トウモロコシは、大事に収穫したくさんのトウモロコシをなら
せてくれたことを、自然と、神さまとに感謝しました。
とりいれたトウモロコシをたくわえておくときも、細心の注意
をはらいました。村の人たちのふるまいをみるにつけ、彼はと
ても悲しくなりました。
ある、秋のことです。収穫月も終わり、村人たちはいつものよ
うに森に猟へ出かけました。ところがその年は獲物が全く捕ま
りません。捕まえられないどころか、動物の姿さえどこにも見
あたらないのです。シカやヘラジカだけでなくウサギいっぴき
いません。みんな森から姿を消していました。
しかたなく村人たちは川で魚を捕まえようとしたのですが、川
の流れにも生命あるものは一匹もおりません。
人びとは埋めておいたトウモロコシのことを思いだして地面を
掘り返しました。でも、籠がしっかりしていなかったのでみん
なばらばらになっていて、しかもほとんどのトウモロコシはあ
らかたネズミたちに食べられたあとでした。わずかに残ってい
た部分も腐っています。村人たちは口々にいいあいました。
「どうすればいいんだ? これではみんな餓死してしまうぞ」
そのころダヨハグウェンダは、村の人たちがトウモロコシに感
謝も尊敬もはらわなくなったことをあれこれ考えながら森の中
を歩いていました。ふと見ると森のなかにふるい小道がありま
す。その道をたどると広場にでました。土が山盛りに盛られま
んなかに小屋がひとつ建てられています。壁はニレの木の皮で
できていました。まわりには草がぼうぼうと生い茂っていて、
入口の前ではひとりの年寄りがぼろぼろの服のまま悲しそうに
泣いていました。
「おじいさん、おじいさん。なんで泣いているのです?」
ダヨハグウェンダがたずねると
「おまえの村の人たちが、わしのことを忘れてしまったから泣
いているのだよ」
とおじいさんはこたえます。
「なんでそんなにぼろぼろの服を着ているのですか?」
「おまえの村の人たちがわしを、犬のおもちゃにしたからだ
よ」
「なんでそんなに汚れているのですか?」
「おまえの村の人たちが子供たちにわしを踏みつけにさせたか
らだよ」
「なんでおじいさんの家のまわりは草だらけなのですか?」
「おまえの村の人たちが、わしのことをちっとも大切にしてく
れないからさ。そろそろ、もうここからでていかなくては。も
う二度とあの連中を助けてなどやらん」
ダヨハグウェンダには、そのおじいさんがトウモロコシのスピ
リットあることがわかりました。
「おじいさん、おじいさん。どうか、ここからでていかないで
ください。ぼくはあなたを大切にしています。これから 村に
もどって、村の人たちにあなたのあつかいかたを思い出させま
すから、どうかぼくたちを見捨てないでください」
おじいさんは泣くのをやめていいました。
「若造よ、よくおきき。わしは、おまえとなら一緒にいてあげ
よう。もしお前の村の連中がわしを大切にあつかうようになる
なら、でていくのはやめにする」
ダヨハグウェンダが村にもどってみると村の人たちがいいあっ
ています。
「どうしよう、食べるものがない。トウモロコシもなくなって
しまったから、もう食べるものはなにもない」
「みんな、話を聞いてください。森の中で、草ぼうぼうの小屋
をみつけたんです。トウモロコシのふさのような色のぼろぼろ
の服を着た老人がひとりで暮らしていました。みんなに捨てら
れてしまったので、もうどこかに行って、二度と帰ってくるの
はよそうといっていました」
村人たちははっとしました。
「きっと、それはトウモロコシの精霊なのだ」誰かがいいまし
た。「彼がどこかへいってしまったら、われわれはきっと死ん
でしまうだろう」
「だいじょうぶです」とダヨハグウェンダは続けます。「ぼく
は、トウモロコシの精霊と話をしました。彼のことを二度と粗
末に扱わないと約束しました。もしぼくたちが彼を大切に扱う
なら、この冬を乗り越えるための力を彼が貸してくれるでしょ
う」
それからダヨハグウェンダは自分のトウモロコシを埋めたとこ
ろを掘り返しました。彼はとても丈夫な籠を作り、たくわえよ
うのトウモロコシをつめ、深い穴を掘って、しっかりと土で被
いをしておいたのです。彼が、収穫したトウモロコシは、一粒
残らずみんなそこにありました。
いや、それどころか、自分でも思い出せないぐらいたくさんの
トウモロコシがざくざくとでてきたのです。冬の間じゅう村の
人たちが食べても、まだじゅうぶんなほどありました。それば
かりか、来年の春、カエデの葉っぱが、リスの耳ぐらいの大き
さになったときに、みんなで畑にまくぶんの種となるトウモロ
コシもありました。
そんなことがあっていらい、ダヨハグウェンダの住む村の人た
ちは、二度とトウモロコシをぞんざいに扱うこともなくなりま
した。村人たちは心をこめてトウモロコシをまき、鍬を使って
ていねいに雑草を取るようになりました。丈夫な籠を作るよう
にもなったし、収穫したトウモロコシを埋めておくための穴も、
しっかりと深く掘るようになりました。
そして、なによりも重要なのは、みんながトウモロコシに、そ
して自然から食べ物として与えられるものすべてに、感謝する
ようになったことです。村の人たちは子供たちにそのことを教
え、子供たちはそのまた子供たちに同じことを教え、そうやっ
て今日まで、続いてきているのです。
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