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Tuesday, March 30, 2004

一日二十四時間を祈りに

本日3月30日に、小生が翻訳した『聖なる言の葉――ネイテイブ・アメリカンに伝えられた祈りと願い』(スタン・パディラ著 マーブルトロン発行 中央公論新社発売)という書籍が発売されます。著者のスタン・パディラはカリフォルニアに在住するヤキ一族のネイテイブ・アメリカンの作家・編集者・デザイナーで、これもわたしが翻訳した『自然の教科書――ネイテイブ・アメリカンのものの見方と考え方』(マーブルトロン発行 中央公論新社発売)の編者だった人物です。

『自然の教科書』はアメリカ・インディアンの考え方や世界の見方などを、19世紀末から20世紀初頭にネィテイブの人たち自らが書き記したり話したりした記録のなかから、重要な言葉や表現を集めてきて構成したもので、80年代にはチェロキー国の学校で副読本として使われていました。

アメリカ・インディアンの世界でも、「インディアンであるとはどういうことか?」について、皮肉にも学校で英語で書かれた教科書をもちいて学ばなくてはならない時代になっているのです。そしてその本は、インディアンの人たちと同じように、大地との絆を失いつつあるわれわれ日本の次ぎの世代にとっても役に立つものなのです。わたしたちが大地とひとつになって生きていた時代のことを語ってくれる年寄りなどもうどこを探してもいなくなっているのですから。

そして今回書店に並ぶ『聖なる言の葉――ネイテイブ・アメリカンに伝えられた祈りと願い』は、彼らが日々の暮らしのなかで祈ってきたさまざまな土地の人たち(亜北極圏のアリュートから中米のマヤの人たちまで)の言葉を集めて編集したものです。

「祈る」というと、仏教の「お経」とかキリスト教の「祈りの言葉」だとか、イスラムの「コーラン」だとか、神道の「祝詞」といったものを想像されるかも知れませんが、ネイテイブ・ピープルの祈りというのは、そうしたある意味で抽象的な、「わかってもわからなくても何回も口にしているうちになんとなく理解できてくるようになる文字の羅列」ではありません。それは、頭でつくられたというより、ハートから流れ出てきている自然な言葉なのです。

祈りで思い出すのは、今は亡きローリング・サンダーの言葉です。「その気になれば誰だってスピリチュアルな人間になれる」と、彼が話してくれたことがあります。そのためになにが必要かというと、なによりもまず「自分の考え方を作りなおすことからはじめなくてはならない」と。彼はこうも言いました。「わしは自分の師から、一日二十四時間ことごとくすべて祈りとなすようにと言われた」

一日二十四時間を祈りとする! 大昔の人たちはそのことがわかっていたから、そうした祈りの言葉を使うことで肉体的な、社会的な「病(やまい)」をどうやって癒すかも知っていたのです。ここで「祈りの言葉」が重要になってきます。それはお経である必要もないし、題目や祝詞である必要もありません。地球から湧き出す清らかな泉のような言葉があればいいのです。祈ることでまずは自分のなかにある思考のゆがみをなおした人だけが、自分の家族や、共同体や、国を健康にするために、自分の力を発揮できるのですから。

ネイティブ・ピープルが大昔から口から耳へ、頭からハートへと伝えてきた祈りの言葉がこれほどまとまって紹介されるのははじめてかもしれません。心の汚れを掃除して、曇りのない目で世界を見れるようになるために、あなたの内側を、たくさんの地球そのものから生まれた祈りと願いの言葉で満たしてください。

『聖なる言の葉――ネイテイブ・アメリカンに伝えられた祈りと願い』が、あなたの一日二十四時間を祈りとするための道具になれば幸いです。

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