1行紹介

聞く人 書く人 訳す人 話す人 伝える人 本を編む人

自己紹介文

Also Known As Smiling Cloud.

マイリング・クラウドとは「笑う雲」の意味。「笑雲」を名乗ることも(童心坊笑雲)。

またの名を「北山耕平(きたやまこうへい)」。「北山耕平」はペンネーム(屋号)。

神奈川県生まれ。蛇遣い座(射手座)。

年齢 いくつもの冬を経験し、いくつもの月を見てきた。

学在学中に作家で翻訳家で小説家の片岡義男氏との出会いをきっかけにして散歩と雑学の大家である植草甚一氏責任編集の雑誌『ワンダーランド』(晶文社刊)の編集に参加。その後誌名を『宝島』と変更し、版元をJICC(現在の宝島社の前身)に移す直前の同誌の4代目編集長をつとめ、大幅な路線の修正をおこなって『別冊宝島シリーズ』をスタートさせる。

75年に退社し東京青山三丁目に事務所をかまえて、パルコ出版の『ビックリハウス』や婦人画報社の『MC Sister』や小学館の『GORO』等の雑誌の執筆に参加、平凡出版(後のマガジンハウス)で『メイド・イン・USA・カタログ』で取材を受けたことをきっかけに木滑良久氏編集長時代の雑誌『Popeye』の創刊編集メンバーに加わる。

同誌の特派員という形で、76年冬に渡米。ロサンジェルスはハリウッドのフランクリン通りに居を構えてまる5年余り暮らし、その間に北米大陸の広い範囲を旅する。

79年にネバダ高原沙漠のなかの西ショショーニ国でチェロキー出身のインタートライバルな--部族を越えた--メディスンマンであるローリング・サンダーと運命的に出会い、そのままアメリカ・インディアンの世界にとりこまれてアメリカ先住民族の精神復興運動に参加することとなり、あらかじめ失われていた自らの根っこを求めてその後も、環太平洋の先住民族とその精神世界を探求する旅を続けることになる。

82年に帰国、甲斐国(山梨県)富士吉田市の浅間神社北富士本宮の近くに暮らし、見えざる力によって富士神業をやらされつつ、徳間書店の雑誌『ゴッドマガジン』の編集や、小学館の雑誌『写楽』で雑誌内新聞の「イメージ・スーパーマーケット」の編集、アウトドア雑誌『Bepal』などの創刊に加わり、のちに小学館版『日本国憲法』の制作チームに参加。

その後伊豆国(静岡県)熱海市上多賀、伊東市宇佐美、修善寺市富士見平、相模国(神奈川県)の津久井町根小屋、同座間市、武蔵国狭山丘陵、小金井の里へと居を移す。

この間、映画監督の宮田雪氏のさそいをうけて映画『ホピの予言』のスーパーバイザーとなり、映画完成後はフィルムを持って列島各地への上映会にでることも。社団法人家の光協会刊行の『地上』という青年農業者向けの農業雑誌のリニューアルにコンピュータ通信を使って参加。

この時期、特に母なるスピリットを探して本州島東北部(岩手県以北)への旅をくりかえした。なにかたいせつなものを求めて神道系・仏教系・修験道系の行者や修験者を訪ね歩く日々。

音楽家の喜多郎とのコラボレーションである『ライト・オブ・ザ・スピリット』、同写真集『スピリット』(小学館)、画家シム・シュメールの最初の画集のほん訳、ニューススクラップ本である『ポール・マッカートニー・ニュース・コレクション』(やじろべえ社)ガイドブック『湘南』(冬樹社)など、自らの著作以外に何十冊かの写真集や美術本や絵本などの単行本をこれまでに編集。

編集制作会社である FLY Communications (南青山)を友人の長野眞(A.K.A 南風椎)とともに創立した。

11以後の現在は、Twitter [@smilingcloud]を表現の場のベースとして、このブログの管理と維持を続けながら地球のネイティブ・ピープルに伝えられたストーリーテリング(次世代にほんとうに大切なものを伝えていく頭と心の技術)を学び、共有しつづける。

2004年の夏至の日に富士山麓朝霧高原で催されたWPPD2004(せかいへいわといのりの日)の呼びかけ人の一人。フリーランスの文筆家、編集者、物語研究家、翻訳家、講演家、プロデューサー。

Text version 3.5.5 updated Monday, Nov 07, 2011■

興味のあること

Native American Study, 農耕, 易,メッセージとしてのメディア,スピリットのある言葉,先住民土俗文化探索,空を見ること,知恵を伝承し世界の認識の仕方を変える技術としてのストーリーテリング, 壊れた輪の修復と,大地の癒しと,再生にむかって輪を描く世界の動き