Saturday, September 06, 2008
チーフ・クレイジー・ホースのことを思いながら
131年前の9月5日はネイティブ・アメリカンの指導者だったクレイジー・ホースが殺された日だ。1877年、日本暦明治10年のその日、ネブラスカのロビンソン砦において戦争捕虜だったオグララ・ラコタの戦士クレイジー・ホースはほんらい彼を守る役目だった警護中のアメリカ陸軍の護衛兵によって殺害された。
米国陸軍の公式書類では彼が絶命した日は9月6日と記されている。
クレイジー・ホースの遺体がその後、一族の者によってどこに埋葬されたのかはわかっていない。
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Thursday, September 04, 2008
日本列島の先住民だったニブヒの人たちのニュース

アムール川は黒竜江とも呼ばれているユーラシア極東の大河だが、この川の上流から下流にかけての両岸、河口付近の中国東北地方及びロシア・沿海地方地方に、そして古代の日本列島の北海道島や本州島の東北部にも暮らしてきた比較的背の低い漁労と狩猟のツングース系モンゴロイドのネイティブの人たちが「ニブフ」で、ロシア語で複数形になると「ニブヒ」と呼ばれてきた。ニブフは彼らの言葉で「人間」「ヒト」を意味し、彼らは長いこと近隣の別の部族からは「ギリヤーク」と呼ばれた。言語についてはかなり独特で、ネイティブ・アメリカンの言語との類似性を指摘する学者もいる。カラフトの南で生まれて暮らしていたニブフの人たちの一部は、同じツングース系のウィルタの人たちなどと一緒に戦後すぐ「日本人」として送還され、つい最近まで北海道島で暮らしていた。もともと日本列島の先住民の部族のひとつで、列島古代史のなかに登場する「粛慎(しゅくしん、みしはせ、あしはせ)」と名づけられている部族の人たちがニブヒのことだと推測されているし、蝦夷(えみし)という名前で日本国の歴史に登場する人たちは、この粛慎(しゅくしん、みしはせ、あしはせ)の末裔たちではなかったかと考える人もいる。アイヌの人たちとの関係が今ひとつはっきりしていない。
とまあこのぐらいの知識を持った上で、下の北海道新聞が昨日掲載したニュースを読んでほしい。
サハリン先住民族 ニブヒ語、日ロで研究を 専門家が来道(09/04 00:26)ロシアの言語学者が残したサハリンの先住民族ニブヒの貴重な録音テープがこのほど活用可能となったことを受けて、ロシア科学アカデミー言語研究所=サンクトペテルブルク=でニブヒ語を研究するアレクサンドル・ペブノフ主任研究員(59)が三日、来道した。「ニブヒ語の専門家は国外には日本にしかいない」として、日ロ共同で解読を進めたい意向を示した。協議はこれからだが、今回の来日を機に共同プロジェクトが実現しそうだ。
解禁された資料は、ロシアの言語学者イエロヒム・クレイノビッチが一九六〇年代に採録した貴重な民話類で、一時間テープ十三巻分。八五年に死去した時に「二十年間、開封してはならない」と言い残したため、サハリン州郷土博物館に眠ったままだった。今年、ようやく持ち出しがかない、ペブノフ氏が民族出身の言語学者ガリーナ・オタイナ(故人)が残した音声資料とともにデジタル化し、活用の道を開いた。
ペブノフ氏は三日、北大大学院文学研究科に北方言語を専門とする津曲敏郎教授(言語学)を訪ね、「私一人では解読作業は難しい。日本には千葉大の金子亨名誉教授や同大の中川裕教授、札幌学院大の白石英才准教授などの研究者がいる。将来は辞書を共同でつくることも考えていきたい」と構想を伝えた。津曲教授は「眠っていた資料が日の目を見るとすれば歓迎すべきこと」と歓迎した。
ペブノフ氏の滞在は一週間。六日午前十時から北大の人文・社会科学総合教育研究棟W202教室で開かれる公開シンポジウム「サハリンの言語世界」にこれらの研究者が一堂に会することから、ペブノフ氏はその場を利用して協議を進めたい考え。自身も「ロシア・日本共同によるウイルタ語・ニブヒ語の記録と研究」と題して講演する。入場無料、一般の参加も可。
Source : サハリン先住民族 ニブヒ語、日ロで研究を 専門家が来道北海道新聞(09/04 00:26)
関連サイト:
Wednesday, September 03, 2008
母なる国がほろびる前に
母なる国がほろびる前に
お前の兄弟姉妹たちが滅亡する前に
しなければならないことがたくさんある。
これは全世界のあらゆる国に共通のことだ。ローリング・サンダー
1979年にぼくが直接聞いた言葉
Monday, September 01, 2008
妊娠期間中の女性は香水や香料の類を使用したものを避けるようにとの警告
イギリスの健康問題の専門家が妊娠中の女性に香水や香料を用いたものを身につけることを避けるようにという警告を出した。生まれてくる子供たちが将来がんを引き起こしたり、不妊症にかかる可能性があるという。
香水ががんを引き起こすのではないかという指摘は、20年程前から一部で指摘されてきた。8月31日日曜日のイギリスの「スコットランド・オン・サンデイ」が、「女性は妊娠中に香水をつけるべきではない」という警告の記事を掲載していた。記事によれば、香水や香りのあるボディクリームの使用は妊娠中は、生まれてくる子供にがんや不妊症を引き起こす可能性があり、避けるべきであると専門家の指摘が書かれている。ラットを使った研究で、妊娠8週目から12週目あたりの雄の胎児の生殖器官が、化粧品類に含まれている化学物質によって障害を受けることがわかったというもの。
多くの女性は妊娠8週目ぐらいではまだ自分の妊娠に気がついていないケースが多く、今後おこなわれる動物実験などで、今回の研究が実際の人間ではどうなのかの結論が出るまで、女性は香水や香料を使ったものの使用は避けるべきであると警告している。
詳細は以下の記事で。
Hawai'i Book of Days 9/1- 9/7
© 1991, 2002 by Debra F. Sanders
( Japanese translation by Kohei Kitayama)
ケペケマパ/セプテンバー
長月(ながつき)/マホエ・ホペ
九月はサトウキビの穂が自然に顔を出しはじめるとき。
1日
夢を連れて空高く舞いあがれると
もしもハートが告げているのなら、
反対意見に耳を傾けてはならない。
2日
どんなに小さな種の一粒一粒のなかにも
いのちの秘密は潜んでいる。
3日
珊瑚礁(さんごしょう)はたくさんの生き物たちの家。
4日
ハートのなかでは誰もがみな子供。
5日
知ることができることのすべてを知って
そして学んだことをだいじにすること。
6日
ほんとうに好きなことをするのを避けるための
いいわけなど絶対にしてはならない。
7日
時間はこちらの都合にあわせて
立ち止まってはくれない。だから
自分の夢をつくる必要があるのなら
わたしたちの方が時間を作らねばならない。
著者デブラ・サンダースさんの許可を得て、『日々是布哇(ひびこれハワイ)』(太田出版刊)から一週間分ずつ本文のみを掲載しています。原則として毎週月曜日に入れ替わり、過去記事としては残らず、コメントやトラックバックもつけられません。単行本について知りたいとき、コメントなどをつけたいときは「ハワイィはどこにあるのだろう?」の記事まで。まとめてお読みになりたいとき、全部をそばに置いておきたいときには、『日々是布哇』(太田出版刊)をご購入ください。左側の本の表紙をクリックするとアマゾンに飛びます。どこにでも持ち運べる単行本では長崎訓子(Kuniko Nagasaki)さんの素敵な日替わりイラストが日々楽しめます。ブログ版「日々是布哇」次回は9月8日(月曜日)に更新されます。
Friday, August 29, 2008
森のなかへ木に話しかけに行く
「木々ですらスピリットを持つ。あらゆるものがスピリットを持つ」メアリー・ヘイズ クレクワット一族 カナダ、ブリティッシュ・コロンビア
1915年生まれのクレクワットのエルダーの言葉だ。彼女がここで伝えているのは、森や林に生えている木々はいずれも偉大な師なのだということである。木は、われわれの先生であり、同時に、われわれの語る話に耳を傾けてくれるありがたい存在なのだ。ネイティブ・ピープルたちの多くが森のなかや林といった木々のあるところで黙想するのを好むのはそのためだろう。すべての岩や石のなかにも、山野を歩き回るすべての生きもののなかにも、もちろん人間のなかにも、そして一本一本の木々のなかにも、偉大なる精霊は存在する。いわゆる巨木とされるご神木は、何百年間も、何千年間も、そのグレイトスピリットとともに生きてきたのだ。当然その木は多くの物事を目撃してきたことだろう。多くの物語を知っていることだろう。エルダーのなかのエルダー、それが巨木である。そうした根を持つ人たちのスピリットはことのほか強力で、その癒しの力も他を凌駕する。
Thursday, August 28, 2008
リチャード・エバンス・シュルティスの美しすぎる写真群

人間と植物の関係を研究する植物学者として南北アメリカの先住民——とくにメキシコとアマゾンの先住民——の薬用植物の研究に大いなる足跡を残した故リチャード・エバンス・シュルティスRichard Evans Schultes(1915−2001)は、ハーバード大学の教授だったときに200種類の新しい植物を文明世界に紹介し、2000種類の薬用植物の目録を完成させ、アルバート・ホフマン教授と共にLSDに関する本を書き、アマゾンの熱帯雨林の破壊にたいする警鐘を鳴らして人々の関心を喚起し、薬草と伝統医学の研究家でありマリファナの薬理作用についての書籍「ナチュラル・マインド」を著したアンドリュー・ワイル博士や、アヤワスカ(ヤヘイ)を探しにコロンビアとペルーを訪れた作家のウイリアム・バロウズとコロンビアで出会って親交を深めたとされる。シュルティスは科学者であり、探検家であり、意識世界の飛行士であると同時に、運命的に一人の写真家であった。彼がフィールドで撮影した一連の写真は『The Lost Amazon(失われるアマゾン)』という美しい写真集に集められているが、今回米国スミソニアン協会の自然史博物館がそのサイトにおいて彼を顕彰し、フォト・ギャラリーに数葉の写真を掲載している。ここに掲載するのはそのなかの一枚で、「ユクナの人たちはこの精霊の仮面を宇宙に存在する悪、もしくは闇のすべてをあらわすものと信じている」という短い解説がつけられているもの。
Richard Evans Schultes photos (Smithsonian)
The Lost Amazon: The Photographic Journey of Richard Evans Schultes
(Hardcover)
by Wade Davis (Author), Andrew Weil (Foreword),
Richard Schultes (Photographer)
Hardcover: 204 pages
Publisher: Chronicle Books (October 1, 2004)
Language: English
ISBN-10: 0811845710
ISBN-13: 978-0811845717
Wednesday, August 27, 2008
温暖化しても2100年の気温は「縄文時代と同程度だ」そうだ
今のペースで温暖化しても2100年の気温は実は「縄文時代と同程度」だ。
地球の温度は昔から激しく変化しており、人類誕生後だけを見ても、海面が現在より30メートル以上高かった高温期が何回もあった。
北極の氷はなかった時代の方が長いし、北海道にもサンゴ礁の化石がある。
多くの人々が「普通の状態」と思っている気温は、地球の歴史から見れば瞬間的な、たかだか過去200年程度のものにすぎない。
日本人が「日本人の利益はヨーロッパ人と共通だ」と考えて温暖化防止をするのは勝手だが、それは決して「地球のため」ではない。政策研究大学院大学教授・岡本薫
Source : 地球温暖化を歓迎する(産経ニュース 2008.8.27 07:54)
◆彼らの呼び方についての覚え書き◆
[この文章は少しずつ手を加えながら定期的に繰り返しアップロードされます]
——シャーマン・アレクシー『The Unauthorized Autobiography of Me(ぼくについての独断的な自叙伝)』の一節より(シャーマン・アレクシーは1966年にワシントン州のスポケーン・インディアン・リザベーションで生まれた。アメリカ・インディアンの新世代の作家・詩人として注目を集めている。)
「インディアン」という言葉は、今ではぼくたちのものだ。ぼくたちはインディアンである。インド人とはまったく関係がない。ぼくたちは、アメリカのインド人ではないのだ。ぼくたちはインディアン。「イン・ディン(In-din)」と発音する。それはぼくたちのものである。この言葉は、ぼくたちが所有しているのだ。誰が返したりするものか
この「BLOG」をお読みいただくに際しておことわりがある。それは、わたしはこれまで自分の書いたり話したりすることのなかで「アメリカ・インディアン」「アメリカン・インディアン」「インディアン」「ネイティブ」「ネイテイブ・アメリカン」「ネイティブ・ピープル」「インディアン系アメリカ人」「北米先住民」「先住民」「先住民族」「先住アメリカ人」といった言葉を、そのときどきの思いつきと気分と文脈とに応じて使ってきたし、これからもそうするだろうということである。
日本人単一民族説と人種のるつぼ理論
最近でこそ声高に主張する人間は姿を隠しているけれど、「日本人単一民族説」は20世紀を貫いて唱えられた説である。これは「日本民族」なるものの存在が歴史の始まりから存在したと言うことが前提となっている説である。それぞれに特徴を持つたくさんの部族国家の有機的な集合体が日本だという考え方ではなく、人種が入り交じって溶けあい世にもまれなる均一的民族なるものが形作られているとその説は主張する。日本人単一民族説は、長いこと日本国内における文化的多様性と少数民族の独自の自決権を否定し、あらゆる差別の推進力となってきた。長いことアイヌを少数民族と認めなかったのもその理論によっている。
この日本人単一民族説と通底する考え方がアメリカにおける「人種のるつぼ理論」であるのだとぼくは考えている。人種のるつぼという考え方は、古代のメソポタミア文明あたりに考え出されたもので、さまざまに異なる文化背景を持った民族が、国家というるつぼのなかで溶けあってひとつのうつくしい国を形作っているとするものだ。おそらく中国もロシアも似たような理論で動いているのだと思う。そしてこの考え方は、いつだって有機的多文化国家の存在を完全に否定しようとする。
多文化国家の根っこにある「人間としての尊厳」は、それぞれに独自の文化を持つ少数民族の自治と自決にたいしてリスペクトを求めるものだが、国家至上主義者は自分たちと文化的に異なる人々に自分たちと同等の市民としての権利を与えることを否定する。単一(均一)民族説も、人種のるつぼ理論も、多文化という人間ほんらいのあり方の尊厳を否定するものとして機能してきたのだ。
Thursday, August 21, 2008
お知らせ 初秋(9月と10月)の北山耕平の出没先(予定)
9月21日 TATEYAMA SUN69 フェスティバル ワンアース

会場:富山県立山山麓家族旅行村
ライブ・トーク ワークショップ「風をひらく」
HP TATEYAMA SUN69フェスティバル ワンアース
携帯サイト http://oneearth.s348.xrea.com/
mixi mixi コミュニティー ONE EARTH ワンアース
時間:21日 20:00-21:00/北山耕平/live talk
21:00-22:00/ジャンピングマウス
*併演 ジャンピングマウス(古屋和子さんのストーリー
テリングと、のなかかつみさんのインディアンフルートが
紡ぎ出す魂の成長物語)
10月 4日、5日 六甲山からネイティブ・スピリットの風が吹く
ゲスト・トーカー
北山耕平(翻訳者・文筆家・編集者・講演家)
港 敦子(詩人・アイヌユカラ詠唱)
今、私たちに最も問われていることは、「地球といのち」を根本から捉え直すことではないでしょうか。アメリカ先住民族や世界の先住民族が守り伝えてきた「地球の上でいかに生きるか」についての教えや世界の視方を、多くの人の「頭とスピリット」に届くように手渡していくさまざまな試みを、ランド・アンド・ライフは行ってくつもりです。
参考サイト 『テックヮ・イカチ』日本語訳サイト
日時 10月4日(土) 13:30〜17:30
参加費 3500円 要予約 定員50名
「平和の人」とは誰なのか
〜アメリカ先住民族・ホピ伝統派が残した
『テックヮ・イカチ』に学ぶ〜
4回連続講座 第1回目 「口承の世界」
『テックヮ・イカチ』を多くの人のアタマとココロに
トーク :北山耕平
「アイヌが語り継ぐものと、その魅力」」
トーク : 港敦子
港敦子 コトバの埠頭
場所 : 六甲山 YMCA 研修室C
(阪急六甲駅から阪急バスで21分、歩3分)
電話 078・891・0050
六甲山 YMCA ウェブサイト
* * * *
交流会 19:00〜21:00
オーガニックカフェ&レストラン「テテアテテ」
(阪急六甲駅から歩7分)
電話 078・858・1254
テテアテテ ウェブサイト
会費 1000円 (食事代、飲み物は別途実費)
定員20名 (午後の部の参加者に限る)
* * * *
日時 10月5日(日)13:00〜16:00
北山耕平○史談会 われわれはどこから来たのか?
もう一度日本列島のネイティブに帰る道を探そう
場所 : 健康道場 サラ・シャンティ
(阪急神戸線・阪急六甲駅南側徒歩2分
JR六甲道から北へ徒歩7分)
サラ・シャンティ ウェブサイト
電話 078・802・5120
参加費 : 2500円 (要予約 定員30名)
☆北山耕平が今年のテーマである
〜なぜ歴史を学ぶ必要があるのか〜を語る。
歴史の見方が変わると存在の仕方も変わる。
* * * *
お問い合わせ・ご予約先
(1)10月4日(2)テテアテテ交流会(3)10月5日
1〜3のうち参加希望の枠組みを明記してください。
お名前・ご住所・電話番号・メールアドレス
参加ご希望人数 (それぞれのお名前もお願いします)
以上を明記の上、メールかFAXにてお申し込みください。
landandlife@r6.dion.ne.jp
FAX 078・881・8163
申し込み締め切り 10月1日(水)
※・両日ともマイカップのご持参をお願いします。
・小学生以下のお子様の同伴をご希望の方はご相談ください。
主催 ランド・アンド・ライフ
HP http://www.h6.dion.ne.jp/~hopiland/
Blog http://hopi.exblog.jp/
協力 永峰秀司・丸山仁・ホピフレンズ
港敦子・TECHQUA IKACHI Project
『テックヮ・イカチ』日本語版の発刊にご協力お願いします。「ホピの教えを売ることは自分の母親を売ることに等しい」
ランド・アンド・ライフでは、Hopi Way of Life を示すもののひとつであるホピ伝統派のニュースレターの『テックヮ・イカチ』を、完全版として次代に引継ぎ手渡していくために、その日本語版を(そしてできれば英語版を)非売品として、正しい時と場所において刊行するつもりです。発刊に際しまして、多くの方のご理解とご協力と物質的精神的エネルギーを得ることで、Mother Earth の子供たちとしてのスピリットがさらに込められ、世界に Hopi Way の精神が息づいて伝わっていくことを願っております。みなさまのご協力、ご喜捨をどうぞよろしくお願いいたします。
郵貯銀行振り替え口座
00910−6−321008 「テックヮ・イカチ」基金尚、今回の催しの収益の一部は発刊費用に充てられます。
12日 金沢文庫芸術祭 真砂秀朗+北山耕平
トークライブとインディアンフルートの午後

会場:横浜市金沢区 ASABAアートスクエアー
15:00〜17:00
定員50名
予約 大人1500円/子供 1000円
当日 大人2000円/子供 1500円
交流パーティー 500円
HP 金沢文庫芸術祭
HP ASABAアートスクエアー
*13日には同じ会場で古屋和子さんのストーリーテリングと
のなかかつみさんのインディアンフルートとドラムによる
ジャンピングマウスの公演もあります。
26日 ホピ 「平和の人」とは誰なのか? 東京

ホピ伝統派が残した『テックヮ・イカチ』に学ぶ
会場:杉並区阿佐ヶ谷地域区民センター
ホピの予言2004年版上映
13:00〜14:30 定員50名
北山耕平トーク 15:30〜17:00 定員50名
交流会 18:00〜21:00 定員30名
予約受付メール techquaikachiproject@gmail.com
主催: TECHQUA IKACHI Project
共催: ランド・アンド・ライフ
+ 杉並区教育委員会家庭学級
+ 大地とつながる母の会
協力: 永峰秀司 丸山仁
このほかにも 仙台 福島 等に出没を予定中。きまり次第掲載します。
Saturday, August 16, 2008
フェイクなオリンピックの中継を見るのを毎日楽しんでます?
フェイクなオリンピックの中継を見るのを毎日楽しんでます?
今日もまたNHKがこんなニュースを流していました。
開会式の少数民族 実は漢民族
花火の中継の一部に事前収録の映像を使っていたことが明るみにでた北京オリンピックの開会式で、今度は少数民族の衣装を着て入場した子どもたちのほとんどが漢民族だったことがわかりました。
このシーンは、北京オリンピックの開会式で漢民族と55の少数民族の衣装を着た子どもたちが中国の国旗を運ぶもので、事前に外国メディアに配られた英語の資料では、「56の民族からなる56人の子どもたちが中国の国旗の周りに集まる」などと説明されていましたが、その後一部の外国メディアが「実はほとんどが漢民族だった」などと伝えていました。これについて、北京オリンピック組織委員会の王偉副会長は15日の記者会見で、「子どもたちがどの民族の出身だったかはわからない」としつつ、「民族衣装を着たのはパフォーマンスだった」と述べ、ほとんどの子どもが民族衣装を着ただけの漢民族だったことを事実上認めました。さらに大会の関係者もNHKの取材に対して、56人は中国中央テレビの劇団に所属し、ほとんどが漢民族だったことを明らかにしました。北京オリンピックの開会式は、これまでにも巨大な花火の中継に事前収録の映像を使ったり、ステージに立った少女の歌声に別の少女の声を吹き替えたりしていたことが明るみに出ており、その演出のあり方があらためて論議を呼びそうです。
Source : 開会式の少数民族 実は漢民族
探せばもっとたくさんあるのだろうが、以下は思いついただけのオリンピックの中継が「嘘」「偽り」「でっちあげ」「やらせ」「フェイク」な点のリストの一部。
●天気がやらせなところ。スモッグがひどくて普段はまったく太陽が見えないはずの北京を、人工的かつ一時的に空気をきれいに見せかけ北京がクリーンな都市というイメージを世界に広めようとしている。工場や発電所の稼働や自動車の乗り入れを一時的に命令で禁止しているところ。
●都市景観がニセモノのところ。世界に見せたくないもののまわりを壁で囲んで見せなくしているだけの見せかけの都市計画。
●自由な発言という嘘。オリンピック期間中に中国やオリンピックにたいする批判やチベット問題を声高に発言するものは逮捕投獄されるというところ。
●放映された開会式の映像の一部が事前に撮影されコンピュータで加工された3Dアニメーションだったところ。歌をうたう女の子の声と映像が別人のものどうしの組み合わせだったところ。
●インターネットのアクセスが検閲されているところ。中国では中国政府が危険だと判断する宗教や瞑想のサイトへのアクセスが制限されているらしい。
フェイクなリアリティーに包まれた世界
無論、報道や国家のプロパガンダが「嘘」「偽り」「でっちあげ」「やらせ」「フェイク」で、日常生活がフェイクな現実で蔽われてしまっているのは、中国や北朝鮮のような特別な国家だけではない。日本やアメリカのような自由主義を標榜する国だって、いずこもまあ似たようなことをしている(されている)わけで、われわれがフェイクなリアリティのなかで生きている(と思い込まされている?)ことを考えるための、以下はそのいくつかの例。生活を見つめなおす参考にでもしてください。
●テロとの戦いという偽り。人々を常に「恐怖の状態」に閉じ込めておくことで、気がつかれないうちに人々から自由を取りあげてしまうための方策。
●メディアの本流という巨大なでっち上げ。たとえば日本のメディアは、視聴者に自分たちは自由で安全で美しい伝統ある国に暮らしているというふうに洗脳するための報道を共謀しニュースのほとんどを一定の価値観のなかでこしらえあげている。
●原子力は安全につかえば問題ないとするフェイク。
●健康保険という不健康な仕組み。病気を食い物にして、人々を病気に罹らせたまま、無知なまま少しでも多くお金を支払わせ続ける不健全な仕組み。
●大企業の「エコ」活動というフェイク。裏で地球そのものを汚し続けているのにもかかわらず、まるで自分たちがさも地球のことを考えて行動しているかのようなふりを好んで大企業がしているところ。
Friday, August 15, 2008
ほんとうのことがあきらかにされるとき

よく記者会見などを見ていると、礼儀知らずなレポーターたちが唐突にそして直接に、相手にたいしてたたみかけるように真相を問いかけるシーンを目にする。ネイティブの人たちの伝統的文化においては、なんであれ直接手っ取り早く真実に迫ろうとするそうしたわれわれが日ごろ目にする真相へのアプローチの仕方よりも、むしろ物事全体をスピリチュアルに理解しようとすることの方に、はるかに重点がおかれているように思えた。
普通ネイティブの人たちがとる姿勢は、一歩引いて相手をよく見て、その話すことに耳を傾けることからはじまる。伝統的なエルダーといわれる人たちと共に時間を過ごしたことがある人なら、このことを理解されると思うが、その人たちが何らかの教えを口にしたり、自らの知恵を共有しようとするのは、共に薪割りをしばらく続けたあととか、畑で野菜の収穫作業をしばらく続けたり、薬草の採集で一息ついたあととか、焚き火の世話を長いことしたあととか、そうした日常的な作業がしばらくがあったあとのことで、いわゆる教えなるものはそうしたときと場所においてでしかもたらされることはない。そうしたものはこちらがしゃにむに求めれば求めるほど、求めたものから遠ざかる傾向にあるようだ。
エルダーをはじめとしてネイティブの人たちとのつきあいで重要なのは、ココロを落ち着けて自分と他人に正直になり、軽薄なことをべらべらしゃべったりしないで、世界を良く見て耳をすましていること以外にない。あなたが求めているものはそうすれば向こうからやってくるはずなのだ。
Thursday, August 14, 2008
The Red Road - Lakotah Medicine Man Prophecy ( Part 1 - Part 4 )
The Red Road Part 1
The Red Road Part 2
The Red Road Part 3
The Red Road Part 4
Wednesday, August 13, 2008
口を開きたくない気分の時もあります
あまり長いこと黙ったままだと、いらぬ心配を招くかもしれないので、ときどきは書き込みますが、とりあえず世界中の愛国主義者たちのためのオリンピックが終わるまでは、口を開きたくない気分です。ものいえばくちびる寒しという感じかな。今夜は流れ星でも見るとしよう。
ここのところ中国が名指しで弾圧を繰り返している東トルキスタンという土地は、1949年に中国が武力で侵略し占領したシルクロードの東の沙漠で、中国の核実験場があるところです。詳しくいえば核実験場は「新疆ウイグル自治区ロプノール周辺」にある。いったことがないのでそこはおそろしく美しい大地だということぐらいしか、ぼくには言えることはない。世界中どこも、ウエスタン・ショショーニの母なる大地でも、カザフ共和国(旧ソ連)のセミパラチンスクの大草原も、このウイグル自治区でも、核実験場があるのは「おそろしいまでに美しい大地」であり「先住民の暮らす土地」なのだ。報道が操られているために真実はなかなか伝わらないが、1964年以来これまでに46回ウイグルの人たちの家の裏庭で中国は核実験を繰り返したと、中国・新疆ウイグル自治区出身の外科医で、世界ウイグル会議英国代表のアニワル・トフティ氏が、産経新聞のインタヴューに答えている。46回という数字が明らかになるのもこれが初めてのことではないか。
真silkroad?というブログにも同じアニワル・トフティ氏の言葉が掲載されている。
「中国では被爆者が団体を作ることも抗議デモをすることも許されないし、国家から治療費も出ない。中国政府は『核汚染』はないと公言し、被害状況を隠蔽しているので、海外の医療支援団体は調査にも入れない。医者は病状から『放射能の影響』としか考えられなくとも、カルテに原爆症とは記載できない。学者は大気や水質の汚染調査を行うことを認めてもらえないから、何がおきているのか告発することも出来ない。このように新疆では、原爆症患者が30年以上放置されたままなのだ。」
Source : 「中国核実験の被害を知って」 ウイグル人医師が日本で訴え
World Uyghur Congress(世界ウィグル会議)
原子力について忘れてはいけない呪文(改訂版)
- 原子力はクリーンエネルギーじゃない。
- 原子力は安いエネルギーじゃない。
- 原子力は地球温暖化への解答じゃない。
- 原子力は安全なものじゃない。
- ウラニウム採掘には危険がいっぱい。
- 核兵器の投げかけた脅威は終わってない。
- 核廃棄物の問題はずっと未解決のまま。
- 核施設の誘致はその土地を豊かにしない。
Thursday, August 07, 2008
エドワード・S・カーティスは憧れの存在
Native Heart では AllPosters の写真と絵画のギャラリーの膨大なコレクションのなかから、ネイティブ・アメリカンに関するものを個人的な趣味と審美眼で選んで右のサイドバーにほぼ月替わりで掲載している。これらの作品はいずれも日本からアートプリントが購入でき、当ブログを経由しての売り上げの一部はアフリエイトとして還元されて、このサイトの維持管理費の一部に加えられる。もともと殺風景な画面に色合いを出す目的で掲載してきたので、これまでとりあげたアーティストや作品についてはあまり説明を加えなかったが、今回ジム・タンネル(Jim Tunell)の作品を紹介するにあたり、少し説明を加えることにした。
ロサンジェルスで生まれた旅する写真家のジム・タンネルの作品は、一瞥してわかるように19世紀末にネイティブの人たちから「影を捕らえる人(シャドー・キャッチャー)」と呼ばれたエドワード・S・カーティスの影響をとても受けているし、タンネル自身がインタヴューでそのことを語っている。「子供のころからカウボーイに憧れていたが、カーティスの撮影したさまざまな北米先住民の部族の写真を何度も何度も眺めているうちに、自分が行きたいと願っていた遠くの場所のイメージが形作られていった」「自分はエドワード・S・カーティスを讃えるために写真を撮り続けている」と。
ジム・タンネルが10年をかけて撮影した最初の作品は「消えゆく西部(vanishing west)」と名づけられた。現在はアリゾナに移り住んで、かろうじて残されている西部のイメージを撮影する作業を続けている。代表作品はここに掲載した「Native American Bow(ネイティブ・アメリカンの弓)」という作品。
Official Site : THE LAST FRONTIER - JIM TUNELL, Photographic images from the Vanishing West in the Spirit of Edward S. Curtis
関連記事:
Tuesday, August 05, 2008
渡来した弥生人は男性中心で、先住の縄文人女性との間に、日本列島で子孫を残した
母親から子供にそのまま受け継がれる遺伝子「ミトコンドリア(mt)DNA」の型の分布から、母方のルーツが「縄文系」の人と「弥生(渡来)系」の人の構成比を求める計算式を、住斉(すみ・ひとし)・筑波大名誉教授(生物物理学)が考案したというニュースを見つけた。7地域、約3000人を対象にしたデータによると、日本全国から人を集める首都圏では弥生系が約7割と多数派を占めていて、東北や南九州などかつて遠い昔に縄文社会が発達した地域では、縄文系が7〜6割と多かったと記事に書かれている。つまり父親は動いたけれど、母親は動いていないと言うことだね。「女たちのスピリットが大地に残っているかぎり、(先住民の)国は滅ぼされない」というネイティブ・アメリカンの言い伝えを思い出した。日本列島にも先住民の国が依然として影のごとく残されているのだ。

各地域集団の計算結果は表の通り。日本人の平均的集団と考えられる首都圏の弥生人の比率(71%)で、別の調査の歯の形態から割り出された現代関東人での弥生系の比率(75%)とほぼ同じだった。逆に、縄文系の比率が高かったのが東北や南九州で、三内丸山(青森県)や上野原(鹿児島県)などの大規模遺跡に象徴される縄文社会の発達を改めて裏付けた。のちの時代、大和王権(朝廷)に抵抗した東北と南九州も縄文的な容姿や文化を色濃く持っていたとされているが、今回の調査でその遺伝子が現代まで濃厚に残っていることが裏付けられた。現代人にも縄文系の特徴が色濃く残るとされる沖縄は、遺伝子解析でも縄文系の割合が最高だった。
縄文系が約半数だった北九州は、弥生人流入の中心地の一つだけに意外な数字だが、母方のルーツでみた数字であり、「渡来した弥生人は男性中心で、先住の縄文人女性との間に子孫を残した」と考える説と矛盾しない。
Source : あなたは縄文系?弥生系? 日本人ルーツの研究に新手法 ミトコンドリアDNAから構成比(産経ニュース 2008.8.4 14:38)
Friday, August 01, 2008
これがインディアンの母さん
ネイティブ・アメリカンの青年が興奮した様子で母親に電話をして、「愛している女性がいる。理想的なネイティブの女の子で、結婚をするつもりだ」と伝えた。
「あら、素晴らしいじゃないの。善は急げよ、その娘さんをできるだけ早くうちに連れてきなさいな」
母親はいかにも典型的な母親らしい性急さでたたみかけた。
「あわてないでよ、母さん」息子が笑いながら言った。「母さんが自分の息子のことをどれくらいわかっているかテストもかねて、彼女以外にもう二人別のおんなともだちを連れてくるから、どの人が本命の彼女かあててみてよ」
翌日、息子が三人の美しいネイティブの女性を母親の家に連れてきた。女性たちは並んで居間のカウチに腰をおろして、楽しく話をした。フライブレッドのこと、パウワウのこと、ビーズワークのこと、キルトワークのこと。とんとんと話は弾んで数時間が過ぎた。
あるときいきなり息子が口を開いた。
「それでは母さん、ぼくが結婚したい彼女はどの人か、あててください」
「いちばん右端に座っている娘さんね」
母親はたちどころに応えた。
「いやー、すごいな! どんぴしゃだよ、なんでわかっちゃったの、母さん?」
息子がたずねると母親がぴしゃりと、
「だってわたしの好みじゃないもの」
『インディアンは笑う』北山耕平編・構成。(おそらく)世界で初めてのネイティブ・アメリカン・ジョーク・コレクションの本。笑うことで世界をひっくり返す書。笑いの百連発! 当ブログから生まれた本。マーブルトロン発行 中央公論新社発売 ブックデザイン グルーヴィジョンズ。好評発売中
Thursday, July 31, 2008
8世紀(1300年前)ごろ、大和朝廷による東部の開拓が着々と進みフロンティアが北上する本州島東北部に、竪穴住居が400軒以上も建ち並ぶ開拓者と征服者たちのブームタウンが存在か
東北最大級の集落か 400超す竪穴住居跡 仙台
河北新報 2008年07月31日木曜日仙台市太白区のJR長町駅東側で整備が進む「あすと長町」地区は1300年前、竪穴住居が400軒以上ある大集落だったことが30日、仙台市教委の「長町駅東遺跡」発掘調査で分かった。7—8世紀の竪穴住居の集落としては、東北最大級とみられる。
地区東側の国史跡、郡山遺跡で見つかった官衙(かんが、役所)の造営にかかわる人や、役人の集落とみられる。
2008年度調査の対象は、長町駅から太子堂駅の東側約5100平方メートル。遺跡の北東に長さ40メートル、幅2—3メートル、深さ1.5—2メートルの溝の跡を発見した。南には川が流れていた跡を見つけた。溝と川はほぼ平行で、約200メートル離れている。集落を守る機能があったという。
今回の調査で見つかった住居跡は50軒。1998年度からの調査で発掘した分を含めると、300軒以上に上る。集落ができた時期は、7世紀前半から8世紀初めとみられる。
あすと長町地区ではほかにも、郡山遺跡の一部と、長町駅東遺跡北東側の西台畑遺跡の一部で計170軒の竪穴住居跡を発掘した。地区全体で発掘された住居跡は400軒以上になる。
市教委文化財課は「役所関係者の集落で、計画的につくられたようだ。これからも発掘を続けるので、集落の規模は大きくなる可能性がある」と話している。
8世紀には現在の仙台に大和朝廷の出先機関というか「砦」があり、蝦夷との北方物産交易などもかねた相当なブームタウンができていたということかな。あるいは東部開拓にともなう蝦夷掃討作戦を展開する兵士たちの住居用か。竪穴住居は、簡単に作れて便利だったのだろうね。
ちなみにどういう時代だったのかの雰囲気をつかむために、小生の本「Native Time」(地湧社刊)から「724 年」のところを以下に引用しておく。[なおここに引用するのは Native Time の Version 4 デジタル版のもの]
724女帝が退位してその皇子が天皇になった。犯罪人を島流しにする場合の、配流地の遠近の規定を改訂し、伊豆・安房・常陸・佐渡・隠岐・土佐の六国は遠とされて、諏訪・伊予は中に、越前・安芸は近とされた。本州島東北部、陸奥の海道(太平洋沿岸)の蝦夷がはげしい戦いを起こして、帰降した蝦夷【2字ルビ・えみし】で天皇の親衛隊として登用されていた佐伯児屋麻呂【6字ルビ・さえきこやまろ】が殺された。藤原宇合【2字ルビ・うまかい】(不比等の三男)が持節大将軍に、高橋安麻呂が副将軍に任命され派遣された。七道の諸国に数を決めて軍器と幕と釜などを造らせた。坂東九国の軍三万人に乗馬と射術の訓練をさせるなど特別軍事教練がおこなわれた。陸奥鎮所に軍事用品としての布や綿などが運びこまれた。さらに出羽国の蝦夷が蜂起したので、小野牛養【4字ルビ・おののうしかい】が鎮狄将軍に任じられて鎮圧に出向いた。陸奥国から宮城郡が分権され、対蝦夷戦争の前線の要塞となる鎮守府を置くための多賀城が築かれはじめた。この年の太政官の奏上に「大昔は人間が淳朴で、冬は土中に居室を作り、夏は樹上をすみかとしました」とある。陸奥国の鎮守軍の屯田兵たちを陸奥国の住人として戸籍に入れ、家族を呼び寄せることも認められた。
Source : 東北最大級の集落か 400超す竪穴住居跡 仙台
Monday, July 28, 2008
もしもクマに襲われたときはどうすればよいか?
いろいろな状況下であなたのいのちを救うことになるかもしれない12の応急救命処置の仕方をリーダース・ダイジェスト(Reader's Digest)でパメラ・F・ガリン医師が図入りで解説してくれています。すっかり忘れてしまっているかもしれないし、あるいはまったくそんなことは知らされていないかもしれないので伝えておきますが、日本列島は元々どこもかしこもクマの国であったわけですから、いまもなおクマと遭遇することがないわけではないので、そのなかから「クマの攻撃に対処する方法」をとりあげて紹介しておきます。
クマに不意打ちを食らったときは、いきなり走って逃げたりしないこと。いきなり走って逃げると、かえって攻撃を招くことになります。そのかわりに、仁王立ちになって、ゆっくりと後ずさりしてください。そのときにクマの目をのぞきこんではいけません。おだやかな声で話しかけましょう。けして怒鳴ったりしないこと。もしクマがあなたに向かってくるそぶりを見せたなら、できるだけ身体を大きく見せかけるようにします。胸を突き出して、両手を高く上げ、足を左右に大きく広げます。そしてそこでいきなり熊に向かっておもいきり大声で叫び、相手を威嚇します。
クマに逢うと本能的に走って逃げ出したくなりますがそれは最悪の結果を招きますもしクマが攻撃をしてきた場合には、地面にうつぶせに寝ます。両手を首の後ろで組み、死んだふりをします。クマがどこかにいなくなったと自分で確信できるまでは、絶対に立ちあがったりしないこと。そしてクマがいなくなったら、クマが戻ってくることもあるので、すみやかにその場を退散します。
もしあなたがクマの国に入り込むのなら、クマを撃退させる唐辛子の粉入りスプレーを携帯してください。スプレーを噴射する場合は、風が自分の方に向かって吹いていないかを確かめ、クマのいる場所が10メートル以上離れていることを確認の上、1秒から2秒間噴射します。
ニシン、数の子、アラスカ、日本
インターネットを介しての友人のひとりにハマンダ君がいる。アメリカで学ぶ人類学者のたまごである。その彼が東南アラスカのシトカ(Sitka)という町で開催された学会に出席し、そこで北部太平洋沿岸地域における「ニシン漁」について発表したと彼のブログ「Current Hamandaology」で報告している。
ハマンダの先生がシトカにおける鰊漁の復興について研究してまして、その脇役として、というか、太平洋の反対側ではどうか、というのにリンギットの人々が興味があるということで、ハマンダがちっくり勉強して、とりあえずわかったことを発表したわけです。
ニシンは漢字で「鰊」と書く。ぼくが乳飲み子だったころはまだ北海道ではニシン漁がかろうじて続けられていた。母親が「かっちゃん数の子、ニシンの子」と歌うのを聞いた記憶がかすかにある。それほどニシンは日本人になじみのある魚だった。しかし1957年を境にニシンは日本の海岸から姿を消す。そして50年が過ぎた最近では少量ながらニシンたちも北海道に帰ってきつつあるらしい。「リンギット」とは、アラスカの太平洋岸に暮らす先住インディアンの部族の名前で、ぼくはたいてい「クリンギット」あるいは「クリンキット」と書くが、最初の「ク」はほとんど耳には聞こえないので、ハマンダ君は「リンギット」と書いている。

「アラスカの宝は日本の宝」とタイトルをつけられた昨日のブログの記事のなかで、数の子というのは、「日本人のおかげで、猟師にとってはとてもお金になる海の宝のようだ」とハマンダ君は指摘している。「日本で売られている数の子のほとんどは、輸入品です」と。そして該当記事はこう続く。
シトカでは、鰊を捕って、
腹を割いて、
卵だけとって、
残りを海に投げ捨てる、
という漁がされています。「鰊(ニシン)は我々にとってバッファローみたいなものだ」、というリンギットの人々にしてみれば、これは許されない行為。
そのような漁をしているのは、裏に企業規模の海洋漁業の展開があるようです。
数の子は、利益が高いから、それだけを狙う。日本人がそのような漁をシトカでしているわけではありません。
しかし、日本が数の子という「海の宝」の終着点です。リンギットの人々は、日本人に数の子を食べるのを辞めろ、なんていう文化否定をする気は全くない、と言っています。彼らも数の子食べますので。
しかし、シトカから日本に輸出される数の子の多く
花火の中継の一部に事前収録の映像を使っていたことが明るみにでた北京オリンピックの開会式で、今度は少数民族の衣装を着て入場した子どもたちのほとんどが漢民族だったことがわかりました。