北山耕平7月の出没予定

pawpaw  next 地球の声を聞く世代へ 11日 at 羽根木プレーパーク(東京)

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Monday, July 06, 2009

イヌイットの人たちに残されている世界で最も古い音楽の形態のひとつとされるもの


Nukariik- Inuit Throat Singing- Richmond Folk Festival 2008

ネイティブ・ジャパニーズとそう遠くないところにいるイヌイットの人たちが伝える「喉歌(のどうた)」を紹介したい。モンゴルのホーミーとも似ていて、歌とはいっても、どちらかといえば「詠唱(チャンティング)」にちかいもの。世界で最も古い音楽の形態のひとつであるそうだ。

Nukariik普通人は一度にひとつの音しか出せないと思われているけど、喉歌のシンガーたちは、一度に最低でもふたつ、時にはそれ以上の音を出すことができるという。息を吸うときとはくときの両方で喉を共鳴させる特別な技術があるらしい。唇と、舌と、顎と、口蓋と、喉頭だけで、体を微妙に使うことでユニークなハーモニーを奏でてみせる。

映像はケトラー姉妹(姉のカリンと妹のキャシー)が伝統的なイヌイットの喉歌を聞かせているもの。多くの場合赤ん坊の子守歌だったり、狩りに出た恋人の無事を祈る歌する。立ったまま顔を見合わせて一緒に歌うことがあり、この時はどちらかが、または両者が笑い出したときに終わる。先に笑い出した方が負けというゲームでもある。

喉歌それ自体は、旧ロシアの周辺地域にかなり現在も残っているものが多い。一時すたれたけれども最近はイヌイットの若者たちの間ではかなり復活してきているという。最後の「あ・い・う」の歌というのが、記憶に残ります。

動画のタイトルになっている「ニュカリク(Nukariik)」はイヌイットの言葉で「姉妹」を意味する。ハイスクール時代から喉歌で頭角を現し、伝統的な歌い方を復活再生させる働きをしてきたケトラー姉妹は、現在プロとして活躍、カナダなどでステージパフォーマンスも多い。姉妹の歌は彼女たちのレコードを出しているキー・レコードの「ここ」でも聞くことができる。

arrowhead_smallKey Records

arrowhead_smallOfficial Nukariik Website

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Friday, July 03, 2009

自由貿易協定は人間と自然の調和を破壊するものと先住民のリーダー

ペルー政府は先月、アマゾンの奥地の森林で計画中の油田地帯の拡大に非暴力で抗議するために集まっていた何十人もの先住民活動家を殺害した。ペルーの大統領(アラン・ガルシア)は、たとえ先住民の土地の権利を侵すことになろうとも、対合衆国との自由貿易協定の責任をまっとうするためには国際的資源開発の要求を最優先させなければならないと発言している。そして、今までのところ、米国は沈黙を守ったままだ。米国が態度をはっきりと表明し、ペルー政府が現在の暴力をやめるようにと、誰かが国務長官のヒラリー・クリントンに言わねばならない。

2008年に、ガルシア大統領は、ペルー議会を通すことなく、民主的な議論もないままに、99もの法律を作り、石油・ガス探査のため、大統領命令でペルー土地を多国籍企業を相手に門戸を開放してしまった。議会が、これらの大統領命令が憲法にかなっているか否かを検討している間に、何万もの先住民たちは、彼らが生活のより場としてきたアマゾン熱帯雨林が政治的な目的で利用されるのを防ぐため、平和なデモのために集まり工事現場を封鎖してきた。そして、6月5日に、暴力的な弾圧が開始され悲劇が起きたた。首都リマの北1400キロのところにあるバグア・グランデでは数千人の先住民たちが催涙ガスと実弾によって強制的に分散され、数十人の死者が出た。先月末、ペルー議会は99の法律のうちふたつを保留することを発表したけれど、先住民のリーダーたちは、すべての法律が完全に取り消されるまで彼らの平和抗議運動は継続されると声明を出している。

すこし古いニュースだけど、気になっていたので紹介しておく。地球を「資源」として見ない国の数を増やすことが急務だね。

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『アレクサンダー・テクニーク入門』(ビイングネットプレス刊)が増刷されました

Alexander Techniqueアレクサンダー・テクニーク入門
—能力を出しきるからだの使い方(実践講座)

サラ・バーカー(著)
 北山耕平(翻訳)
 片桐ユズル(監修)

単行本:193ページ
出版社:ビイング・ネット・プレス
ISBN−10:4904117166
ISBN−13:978−4904117163

価格:¥ 1,680

『アレクサンダー・テクニーク入門』(ビイングネットプレス刊)というぼくが翻訳した本がこのたび増刷した。地味に売れ続けている本である。70年代の後半をアメリカで過ごしていたとき、体と心と頭に襲いかかるさまざまな問題に対処して生き残るために、無数にあふれていた健康法や癒しの技術のなかで、おそらくぼくが最終的に到達した生きていく上でのヒントを体得させるための本であり、なんとか完成版を翻訳したいと思い続け、2006年にアレクサンダー・テクニークの指導者でもある片桐ユズルさんの協力を得て完全版を仕上げたものだ。

健康を維持するためのアレクサンダー・テクニークは、実際に体験してみるとそれほど難しいものではないのだが、文字によってこれを学ぶとなると話が違って、途端に難解なものになる傾向をもっている。むずかしい理由をぼくなりに考えると、それはこのテクニークが意識と体の両方に働きかけるものであるため、自分の内側で内部分裂のようなものを起こすからではないかと思う。また多くの本が、一度はそのレッスンを受けたことがあることを前提として書かれているという面もある。

しかしアレクサンダー・テクニークはさまざまな面で役に立つことも間違いない。体を自己表現として使う仕事にあるすべての人たち、音楽家、ミュージシャン、歌手、俳優、武道家、舞踏家、ダンサー、歩く人、走る人、歩く人、山を登る人、なんらかの病気を抱えている人などそうした体と意識の関係に進んで分け入る人たちには、この技術は一度マスターできれば生涯にわたって役に立つだろう。健康増進にもなるはず。今では専門書が日本語になってたくさん出ているが、本を読んでこれを学ぶのはことのほかむずかしく、本によっては意図的にむずかしく書いているのではないかと思うこともあるのだが、この本はとにかくなにも知らない人が先入観なしにこの技術をゼロから学べることを目的として書かれていて、ぼくはおすすめする。

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Thursday, July 02, 2009

チーム結成2年でワールドカップに出場したホーデノショーニ国女子ラクロスチーム

lacrosse_teams先月の17日から27日までの10日間、チェコ共和国のプラハで「女子ラクロス・ワールドカップ大会 2009」が開催された。今年の大会でニュースになったのは、ホーデノショーニ国の代表チームが、代表チームを結成して1年半にもかかわらずワールドカップに出場を果たしたことだった。左の図は、今年のワールドカップに出称した各国々の旗。右列上から2番目がホーデノショーニの国旗。

ホーデノショーニ国(ラクロス日本代表のサイトでは「ホーデノソーニー」と表記されている)は、しばしばイロコイ6ヵ国連合と書かれることもあるように、モホーク国(Mohawk)、オネイダ国(Oneida)、オノンダガ国(Onondaga)、カユガ国(Cayuga)、セネカ国(Seneca)、そしてタスカローラ国(Tuscarora)の6つの国の連合体の総称である。アメリカ大陸の先住民の中でしばしば「東部のホピ」と称されるぐらいに並外れた精神力を持つ人たちで、現在のニューヨーク州の北部、ナイアガラの滝の周辺、カナダのオンタリオ地方を自分たちの国としている。

ホーデノショーニ国の女子ラクロスチームが、ネイティブアメリカンの伝統にのっとり、各チーフたちに意見を求めて承諾を得たうえで、国際女性ラクロス連盟(IFWLA)に正式に参加したのは、わずか2年前のことだが、もともとラクロスはホーデノショーニの人たちにとっては、国技と呼んでもいい神聖なゲームだったのである。

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チーム・ホーデノショーニのメンバー

ラクロスが競技になる以前、それはラケットボールと呼ばれるネイティブ・アメリカンに独自の伝統的なゲームだった。こうしたゲームを美しく見事に闘うことは、造物主に感謝のメッセージを送る神聖なものと考えられ、また「メディスン・ゲーム」として一族の中に病のものがいたりすると、その人の健康が回復されることを祈るために試合がおこなわれたりした。勝つことよりも美しいハートをもっておこなわれるかが最も大切にされたのだ。現代のボールをつかう団体ゲームの多くが、ネイティブ・アメリカンのゲームに起源を持つが、近年はこうした競技においても、相手を倒すことが目的になっている。しかしボールをつかって誰もが参加できるゲームは、人々をひとつにまとめるという意味で、昔から彼らの日常生活の中できわめて大きな役割を持たされていたのだ。

ホーデノショーニ国の男子ラクロスチームはすでに過去4回ワールドカップ大会に出場した実績を持つが、結成2年にみたない女子チームが、今年念願のワールドカップに出場したことを、イロコイの人たちは、そして空におられる創造主は心から喜んでいるにちがいない。

ちなみにワールドカップの結果は、参加16チーム中1位がUSA、2位がオーストラリア、3位がカナダ。日本女子は7位、ホーデノショーニ国は2勝4敗で11位だった。

Source : Native American women's dream comes true in Prague

ラクロス女子日本代表チームのホームページ

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Wednesday, July 01, 2009

ジャンピングマウス おはなしとひかりえを体験する夕べ

ネイティブ・アメリカンのシャイアン族に伝わる神聖なメディスンストーリー「ジャンピングマウス」のお話のイメージから、4メートル×4メートルの大きな ひかりのアートが誕生しました。七夕まつりの宵に、古民家のある公園の空間に浮かび上がる「ひかりえ」と、300の手づくり灯篭がつくるひかりの道、そして、古から地球に生きる人たちの中で語り継がれた智恵の物語にゆっくりと耳を傾けてみてください。

ジャンピングマウス公演
   ストーリーテラー(語り手)・古屋和子
   インディアンフルート+メディスンドラム(演奏)・のなかかつみ

   ひかりえ プレゼンテーション/創作・アキ+アスカ 
                  照明・コウノスケ

   ジャンピングマウス翻案 北山耕平

7月4日(土)
18:30開場→点灯式
19:00〜20:30 公演
20:45〜10分間、ライトOFFタイム、
灯篭とひかりえの明かりのみをお楽しみください。
それからひかりの道を辿ってお帰りください。

主催:横浜市 長屋門公園
会場:相鉄線 三つ境 駅下車徒歩15分
   横浜市瀬谷区阿久和東1−17
   公式ウェブサイト
電話・FAX:045−364−7072

☆予約不要。当日直接お越しください。
☆参加無料ですが、当日はおひねり(ドネイション)をお願いします。

協力:アース○サークル内 ジャンピングマウスの輪を巡る会

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この30年羽根木プレーパークはなにを見てきたのだろう

羽根木プレーパーク

東京の世田谷区の小田急線梅ヶ丘駅近くに羽根木(はねぎ)公園があり、その公園の一角に「羽根木プレーパーク」がある(上図)。公園の近くで生まれて育つ子どもたちには、そこは特別な場所である。この「羽根木プレーパーク」は今年で生まれて30年。偶然とはいえぼくがネイティブ・アメリカンの世界に足を踏み入れたのと同じ年に、この公園は対抗文化の影響を受けた人間性回復運動の枠組みの中から誕生した。

「羽根木プレーパーク」は、子どもが活き活きと遊べることを願い1979年「国際児童年記念事業」として世田谷区の羽根木公園内の一画ではじまりました。行政(世田谷区)が場所と基本的な運営資金を確保し、日常的な運営や事故や怪我の対応は住民が責任を持って行うという官民恊働体制を取り、「プレーリーダー」を専従で配置してきました。世田谷区内では、現在4カ所のプレーパークがあります。「冒険遊び場」と呼ばれる遊び場を求める動きは広がりをみせ、いまや全国でおよそ200カ所にもおよびます。

これは「羽根木プレーパーク」30周年を祝うイベントを紹介する文章の書き出しで、以下のように続く。

「羽根木プレーパーク」は日本で第一号の冒険遊び場としてスタートし、今年7月20日で、設立30年を迎え、記念のイベントが7月にスタートします。

羽根木プレーパークの設立当時から、そこを活動の拠点にし、自主保育グループ「ひろば」が活動をしています。「自主保育」とは、地域の親たちがグループをつくり、預けあいで野外で子どもを見合う活動。82年には活動のあるいくつかの自主保育グループをまとめる「新しい保育を考える会(しんぽれん)」を羽根木プレーパークで立ち上げました。「しんぽれん」は、ほぼ30年を羽根木プレーパークとともに歩んできました。活動の場所であり、遊び場づくりや遊びを、子どもと親とともに学んだ英知の場所です。

30周年に感謝し、「しんぽれん」と「羽根木プレーパーク」の合同の記念イベントを開催します。

プレーパーク世田谷:
http://www.playpark.jp/index.html
新しい保育を考える会(しんぽれん):
http://www17t.sakura.ne.jp/~shinporen/

そしてぼくはいろいろな力に導かれてこのイベントでお話をさせていただくことになった。みなさんも知っていると思うけれど、普通はどんな公園でも焚き火をすることは認められていない。「羽根木プレーパーク」は、自主管理の中、特別な場所で焚き火をすることが認められている例外的な場所である。子どもたちにとってそこは普通の公園とは異なる特別な場所なのだ。この公園で幼年期を過ごして育った世代は、今、最年長で30代後半になる。この特別な守られた場所で、焚き火でも焚きながら、自然を感じつつ、今回はお話ができる、しかも東京の世田谷区で! 別に会員である必要はなく、子どもでも子どもの心を持つ人でも、世田谷区の住民でなくても、羽根木プレイパークの名をはじめて聞いた人でも、みんな当日は(当日に雨を連れてこないかぎり)歓迎されている。共に土と水と火と風と木の力を讃えよう。

『地球の声を聞く世代へ』

話し手/北山耕平


大地と生命とつながり、感謝と謙虚さの中で、くらしを営んできた先住民たち。
その先住民たちの精神や知恵は、私たちひとりひとりに大切なものは何かを気づかせ、近年先住民たちに起った出来事や変化は、私たちの社会の様をも気づかせるように思います。

先住民族からの学びを通して、いま私たちひとりひとりが、くらしや遊びの中や、価値観や社会理念を育てていく中での、大切ななにか…を見つけるヒントがあるのでは…。

ネィティブの精神を探求し、その世界を伝える北山耕平さんから、お話をして頂きます。


7月11日(土)
15:00~17:00(終了予定)

開催場所:羽根木プレーパーク
無料(予約不要・直接会場にいらしてください)
雨天決行

羽根木プレーパーク
世田谷区代田4−38−52
羽根木公園内 03−3324−9284
小田急線「梅ヶ丘」駅、井の頭線「東松原」駅から徒歩
羽根木プレーパーク ウェブサイト

問合せ:新しい保育を考える会
    03−3324−4491(fax)
新しい保育を考える会ウェブサイト

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Hawai'i Book of Days 7/1 - 7/5

Hawai'i Book of Days
© 1991, 2002 by Debra F. Sanders
( Japanese translation by Kohei Kitayama)


イウライ/ジュライ
文月(ふみづき)/ヒナイア・エレエレ

7月はオヒアの赤い果実がようやく熟れはじめる月。


1日

月の子ども
それがわたし
星明かりと草の露(つゆ)を両親に生まれた。

2日

手つかずの自然の美しさが
わたしのスピリットをよみがえらす。

3日

それぞれがみな生まれた星を持つ。

4日

地球の嵐に歓喜(かんき)
雷の声に歓声(かんせい)をあげよ。

5日

幼年期の感動は内面に蓄(たくわ)えられる。


日々是布哇著者デブラ・サンダースさんの許可を得て、『日々是布哇(ひびこれハワイ)』(太田出版刊)から一週間分ずつ本文のみを掲載しています。原則として毎週月曜日に入れ替わり、過去記事としては残らず、コメントやトラックバックもつけられません。単行本について知りたいとき、コメントなどをつけたいときは「ハワイィはどこにあるのだろう?」の記事まで。まとめてお読みになりたいとき、全部をそばに置いておきたいときには、『日々是布哇』(太田出版刊)をご購入ください。どこにでも持ち運べる単行本では長崎訓子(Kuniko Nagasaki)さんの素敵な日替わりイラストが日々楽しめます。ブログ版「日々是布哇」次回は7月6日(月曜日)に(忘れなければ)更新します。なお大切なお知らせが次の記事にあります。arrowHawai'i Book of Days を毎週楽しみにしてくれている君へ」 追記 現在『日々是布哇』(太田出版刊)は売り切れ状態ですが、ある程度まとまれば復刊が可能になりました。ご希望の方は復刊ドットコムに「日々是布哇」のリクエストの場ができましたので、どうか一票入れてください。

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Saturday, June 27, 2009

Stay (Just a little bit longer)

またやってしまった。気がついたら会場のコントロールをまかされた彼女が両手を挙げて紙をかざしている。紙に書かれた赤い文字。22:30。ほんとかよ。10時を回っているではないか。現実に突入したあまり、時間の配分のことなど考えていなかったのだ。エアコンが暑いのか寒いのかもわからない。いつもこう言うときは自己嫌悪に陥る。話が本題に近づくと終わりの時間のことなどどうでもよくなってしまう自分がいるのだ。金曜日の夜。みんな家に帰らなくてはいけないのに。あと少し、あと少しととまらなくなって気がつけばこのザマだ。ぼくはみなさんの乾いた精神を癒すことが出来たのだろうか? シテイライフに刺激を送り込むことはできたのだろうか? エンターテインメントとエンライツメントはひとつになったか? お前はマイクを独り占めしてなにをやっているのか? というわけで、4回連続講義の第1回目にして、人々をあきれさせてしまった。苦笑いしか出ない。もっとみんなの話を聞きたい。ようやくこれから本題に入る時間なのに、あと少し長くいたい。会場の時間は準備もいれて5時間。どういう人たちがどこからやってきているのか、ひとりひとりのハートの内を次回はぜひ聞きたい。残りはあと3回、次回は1カ月後、そのときにはもう少しだけ長くいてくれますか。これからは会場に時計を用意しますかとの彼女からのメールに、それでもぼくはきっと「ノー」とこたえるのだろう。時間を止めることができればいいのに。

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Friday, June 26, 2009

ドイツ南西部のシュバーベン・ジュラ山脈にある洞窟(どうくつ)で発見された、3万5000年以上前の、ハゲワシの骨とみられるものでできた人類最古の縦笛(フルート)。長さは約22センチ。

oldest flute

直径は2センチはない。穴は4つ。吹き口は「V」に削られている。音階的には現代のものと近いのではないかとAFPは伝えている。石器時代の人間も、現代の人間と同じように文化的な行動をとっていたことが証明されたのだろう。音が聞いてみたいものです。

Source : 独洞窟に3万5000年前のフルート、世界最古の楽器か
    35,000-year-old flute oldest instrument ever found
    Prehistoric flute in Germany is oldest known

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Thursday, June 25, 2009

沖縄で「縄文人の墓」が発掘されている

沖縄の摩文仁に縄文時代を通しての遺跡がある。約1万2000~2800年前ごろの遺跡で、2年前にも「約3千年前の縄文時代晩期のほぼ全身の化石人骨」が発見されている。この「摩文仁ハンタ原遺跡」で、今回は縄文人骨27体分が発見された。新聞はつぎのように伝えている。

琉球新報:

糸満市摩文仁の埋葬遺構「摩文仁ハンタ原遺跡」で、縄文時代後期(約4000〜3000年前)の縄文人骨27体分がこのほど見つかった。糸満市教育委員会によると、人骨は最終的に50体分近くになるとみられる。人工遺物も232点出土し、その8割は貝製品。市教委は「この時期の人骨と貝製品がまとまって出土したのは本島南部では初めて。縄文人の生活や死生観を知る上で大変貴重だ」と話している。
今回発見された人骨は2種類の方法で埋葬されていた。地表面近い場所で見つかった人骨は頭骨を石灰岩で取り囲む「石囲墓」と呼ばれる方法で、さらにその下層から発見された人骨は1カ所に集める「集骨」と呼ばれる方法でそれぞれ埋葬されていた。2種類の方法があるため、異なる年代に埋葬されたとみられる。

Source : 摩文仁で縄文後期の人骨27体 貝製品など232点も出土(2009年6月25日)


沖縄タイムス :

琉球大学の池田榮史教授(考古学)は「縄文時代後期の人骨がこれだけまとまって出たことはない。形質人類学的にしっかりとした資料ができ、当時の人々の平均的な姿が明らかになる」と評価した。
人工遺物は約80%(186点)が貝製品。装飾品の一種とみられる「線刻有孔製品」は類例がなく、縄文人の精神活動の一端を知る貴重な手掛かりという。湖城清市教委文化課長は「遺跡周辺でも類似の人骨が出土する可能性もあり、人骨を葬った人々の住居跡などが発見される可能性も高い」と推測する。

Source : 縄文後期の人骨出土/県内初 最多数 形質知る資料に/摩文仁ハンタ原遺跡

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Friday, June 19, 2009

まもなく夏至。太陽を祭り、聖地を讃えるためにあなたはなにをはじめていますか

今年も夏至の日が近づいた。信じられないぐらいやさしい台風の中、富士山山麓の朝霧高原でWPPDで3000人近い人たちと手をつないで平和な輪をつくってから5年目になる。それ以後4年間富士山を巡るかたちでWPPDの巡礼がおこなわれ、昨年で無事富士山麓を一周した。今年からは各人が自らの聖なる場所で、聖地を通して母としての地球に思いを馳せることになる。ぼくは少し日をずらすかたちでこの日の体験も含めて、聖なるものの学びと確認のための個人的な塾のようなものを始める。

2009 CandleOdyssey -bodhi druma-

2004年のWPPDをきっかけにして、それ以後もさまざまな姉妹たちや兄弟たちと知りあいになれた。年に何度かいろいろな場所で出会い、共に辿りつつある道を確認しあう友だちも何人かいる。そんな友だちの一人が CandleOdyssey という巡礼の旅を久しく続けている Candle June くんである。その彼が今月12日の「はじまりの樹」というオープニングイベントから19日の「100万人のキャンドルナイト」、そして21日の夏至の日をはさんで28日(ぼくが塾をはじめる日)まで、東京の秋葉原にある炭のギャラリー「COEXIST (ECOART Gallary)」というスペースで「2009 CandleOdyssey -bodhi druma-」を続けている。そしてこの祈りの詰まったイベントにはWPPDのオーガナイズをなさった Yoshie さんをはじめとして、この4年間巡礼の旅を続けてきた兄弟や姉妹たちの多くがさまざまな形で関わりを持っていると聞いた。

27日には「めぐり引き継ぐものたちへ」として宇梶静江さんのアイヌ刺繍のワークショップ・おはなし・うた、自然のはなし・いのちのはなしとしてWPPDでお話をしてくださったタシナ・ワンブリさん、Yoshie Ebihara さんのうたと麻子さんによるポエトリー・リーディングなどが提供されるし、翌28日には、ランド・アンド・ライフが企画してぼくも参加させていただく「再び大地とつながるために」の集いが行われる。定員は60名で、あらかじめ予約が必要です。

2009_candleodyssey_landandlife

●アイヌ・ウポポ(アイヌの唄)/床絵美  ●メディスントーク/北山耕平(翻訳家・作家)●伝統派ホピのメッセージ「テックヮ・イカチ(大地と交わりいのちを祝う)」を語り合う/北山耕平×港敦子×辰巳玲子(ランド・アンド・ライフ代表)  聞 き手: Yoshie Ebihara ●アイヌモシリ 大地の声 ~再び大地とつながるために~/港敦子(ユーカラ)×床絵美(ウポポ)×千葉伸彦(トンコリ)

詳細は2009 CandleOdyssey -bodhi druma-の案内の28日のところをお読みいただき、予約などはランドアンドライフのウェブサイトへ。

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Thursday, June 18, 2009

さらにもうひとつのネイティブ・ジャパニーズの存在

petroglyphオホーツク人と呼ばれる漁撈の民たちがかつて北海道の東の沿岸域に暮らしていた。モヨロ貝塚など遺跡がかなり残されている。ロングハウスと呼んでもいい大きな集合住宅に、おそらくはクランごとにまとまって基本的には暮らしていたらしい。内部は家族ごとに区切られた空間があり、中央に共同作業スペースが設けられていた。クマ信仰があり、食べるものはすべて海から来ると考えるカヌーを自在に操る人たちで、またあらゆる人がアーティストだったこの人たちは、あるときにはアイヌの祖先たちと戦をしたり、またあるときには婚姻関係を結んだりして自分たちの文化的影響を与えあったりした。アイヌの祖先とされる人たちは「擦文土器」を残した人たちのことだが、オホーツク人は最終的に擦文人のなかに姿を消してしまったとされている。日本の歴史書の中では「粛慎(みしはせ)」という名前で呼ばれているともいわれるが確かではない。住居遺跡の周辺にはいくつもの墓が残されていたために、北大はこの人たちの残した墓から骨をとりだして遺伝子の解析をすすめてきた。北海道新聞は6月18日の記事「オホーツク人DNA解読 北大研究グループ アイヌ民族と共通性」でこのことを伝えている。

5〜13世紀にオホーツク海沿岸などで独自の文化を発展させたオホーツク人の遺伝子を解読することに北大の研究グループが成功した。オホーツク人のルーツには諸説があるが、現在の民族ではサハリンなどに暮らすニブヒやアムール川下流のウリチと遺伝的に最も近いことが分かり、北方からの渡来説が有力となった。アイヌ民族との共通性も判明、同グループはアイヌ民族の成り立ちについて「続縄文人・擦文人と、オホーツク人の両者がかかわったと考えられる」と推測している。

彼らが道東・道北やサハリンの遺跡から発掘されたオホーツク人の人骨102体のうち37体から遺伝子の断片を取り出し、DNAを解読した結果、

ニブヒやウリチなど北東アジアの諸民族だけが高い比率で持っているハプログループY遺伝子がオホーツク人にもあり、遺伝子グループ全体の特徴でもニブヒなどと共通性が強いことが分かった。現在、カムチャツカ半島に暮らすイテリメン、コリヤークとの遺伝的つながりも見られた。

一方、縄文人−続縄文人−擦文人の流れをくむとみられるアイヌ民族は、縄文人や現代の和人にはほとんどないハプログループY遺伝子を、20%の比率で持っていることが過去の調査で判明している。どのようにこの遺伝子がもたらされたのかが疑問だったが、アイヌ民族とオホーツク人との遺伝的共通性が判明したことで、増田准教授は「オホーツク人と、同時代の続縄文人ないし擦文人が通婚関係にあり、オホーツク人の遺伝子がそこからアイヌ民族に受け継がれたのでは」と推測している。

Source : オホーツク人DNA解読 北大研究グループ アイヌ民族と共通性 (06/18 09:50)

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今、250人ものメディスンマンたちが南北アメリカからナバホの国に集まっている

Native American Church南北アメリカから総勢でおよそ250人のメディスンマンがナバホの国に集まっている。今日からアリゾナのウインドウロック(ナバホ国の首府)で、北米ネイティブ・アメリカン・チャーチの第60回定例会議が開催されるからだ。ネイティブ・アメリカン・チャーチは15世紀中ごろから興隆したネイティブ・アメリカンの人たちの比較的新しい信仰のひとつで、神との交流や、癒しを与えるために幻覚性サボテンのペヨーテを用いることで知られている。しかしここのところ、儀式における鳥の羽根や薬草や植物の使用にたいする法の適用が厳格化されて、メディスンマンたちも実際にそれを行うためには複雑な手続きが求められるようになってきた。ネイティブ・アメリカン・チャーチのアリゾナ参事会の主任を務めるエマーソン・ジャクソン(Emerson Jackson)氏によれば、今年の総会では連邦政府の代表によって「鷲の羽根や植物や薬草」を含むメディスンマンが用いるもののなにが法によって統制されるかが話されるという。土曜日まで開かれる今回の南北アメリカのメディスンマン会議においては、さまざまな儀式やスウェットロッジなどもおこなわれることになっている。なお図版はネイティブ・アメリカン・チャーチの徽章 Wikipedia E より。


日本語で読める参考資料:

アメリカ先住民と信教の自由 ―ローカルな聖性をめぐって―
by 内田綾子(名古屋大学大学院国際開発研究科助教授)

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オバマ大統領が白羽の矢を立てたチェロキーの女性

Ms.Kim Teehee

オバマ大統領は、アメリカ合衆国政府とそれぞれの部族国家との間に国と国の関係を打ち立てそれを強固にするという大統領選挙戦からの公約通り、ホワイトハウス内政委員会に新たな政策顧問としてチェロキー国出身の女性であるキンベリー・ティーヒーさんを登用することに決定したと、先住民の権利を守るための活動を続ける全米アメリカ・インディアン会議[National Congress of American Indians]の年次総会に、今週月曜日、音声テープによって通達した。

「アメリカ政府が部族国家とのあいだで、国と国の関係を築きそれを強固なものにするために、キム・ティーヒーさんはわれわれのチームにとって大いなる財産となる。彼女は、インディアンの国の優秀な唱道者として認識されており、彼女は、今後の政策決定においてネイティブ・アメリカンの人々の声をわたしの政権の最高レベルへ伝える直接の橋渡しとなってくれるだろう」とオバマ大統領は述べている。

オバマ大統領が選んだミズ・キンベリー・ティーヒーさんは写真の女性。

Source : Obama Names Cherokee as Native Policy Adviser (June 15, 2009)

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Tuesday, June 16, 2009

鮭たちはみなどこに消えたのか? 今、母なる地球になにが起きているのか?

鮭を「神」もしくはその使いだとする信仰は、北太平洋一帯に広がっている。北海道、千島列島、カムチャッカ、アラスカ、カナダ、ワシントン、オレゴン、カリフォルニアの太平洋岸に暮らす先住民は通底する世界観を共有してきた。しかし今年その鮭の世界に異変が起こっている。6月12日の報道ではカリフォルニアからオレゴンにかけての太平洋沿岸で、90パーセントもの鮭が姿を消した。そのために鮭の漁猟シーズンが取り消され、地域経済に壊滅的な打撃を与えつつあるそうだ。姿を消した鮭たちはどこへ行ってしまったのだろうか? すべてはつながっているのだから、北太平洋全域の鮭に影響は出ないわけはないと思えるのだが。

Source : Video: Where have all the salmon gone?

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Saturday, June 13, 2009

「いいわよ、個人的な質問でもなんでも聞いてちょうだい」という詩を紹介させてください

ダイアン・バーンズ(Diane Burns)という詩人がいる。いやいたというべきか。いや、詩人は言葉のなかに生き続けるから、いるでいいだろう。彼女は「ひとつ目玉のフォードに乗って(Riding the One-eyed Ford.)」という1981年に刊行された最初の詩集がギンズバークらに認められて世に出た。正直でユーモラスな作風にファンは多かった。ニューヨークのローワーイーストサイドを拠点に活躍するネイティブアメリカンの若い女性詩人として将来を期待されていたが、2006年に娘を一人残して病でスピリットの世界に旅だってしまった。享年50歳。1957年にチエマウェヴィ一族の父と、アニシナベ一族の母の間にカンザス州で生まれた。チエマウェヴィはアメリカ・インディアンのなかでは豊かな部族で、カリフォルニアのパームスプリングスという高級リゾート地は彼らの部族の土地に含まれている。とはいえネイティブの習慣に従って彼女は自らのつながりを母方のアニシナベの方に強く感じていた。彼女は聞かれるといつも自分はアニシナベだと応えていた。以下に紹介する「いいわよ、個人的な質問でもなんでも聞いてちょうだい」は彼女が一般のアメリカ市民からさまざまな質問をされてそれに日常の言葉で応えるというスタイルをとっている。読んでいくと、質問のやりとりが手にとるように想像できる。彼女はこの詩でインディアンという概念にあるステレオタイプを破壊しようとしたのだ。彼女の詩の正直さと面白さが少しでも伝わればと思う。もし伝わらなければそれはぼくの文才のなせるわざであり、スピリットの国にいる彼女に責任はありません。

Diane Burns

いいわよ、個人的な質問でもなんでも聞いてちょうだい

ダイアン・バーンズ(1957 ー 2006)

はじめまして
いえ、わたしは中国人ではありません
いえ、スパニッシュ系でもありません
いいえ、 わたしはアメリカン・インデ・・じゃなく
ネイティブ・アメリカンです

いえ、インド出身ではありません
いえ、アパッチでもありません
いえ、ナバホでもありません
いえ、スーでもありません
いいえ、わたしたちは絶滅などしていません
そうです、インディアンです

あらそう?
だからあなたの頬骨はそんなに高いわけ?
なるほどあなたのおばあさまのおばあさまが、へえ?
インディアンのお姫様だった、へえ?
そんなに髪の毛が長かったの?
いいからわたしにあてさせて
きっとチェロキーじゃない?

あらそう、インディアンの友だちがいる?
そんなに親しいの?

あらそう、あなたの恋人がインディアンなの?
そんなにしっかり結ばれてる?

あらそう、あなたにはインディアンの召使いがいるの?
そんなにたくさん?

はい、あなたがたがわたしたちにしたことは
それはそれはひどいものでした
謝ってくれるのは、それはそれでたいへん結構なことです
いいえ、あなたがどこで
ペヨーテを手に入れられるかは知りません
いいえ、あなたがどこで
ナバホの絨毯を格安で買えるかは知りません
いいえ、これはわたしが作ったものではありません
ブルーミングデールで買いました

ありがとう。わたしもあなたの髪型が好きですよ
いいえ知りません、シェールがほんとうにインディアンかどうかなんて
いいえ、今夜は雨を降らせたりはしません

はいはい、あっはーん、スピリチュアリティーね
あっはーん、ええ、スピリチュアリティー ええ、ええ
マザーアースが、ええ、ああ、ふーん、スピリチュアリティー

いいえ、わたしは弓は下手です
ええ、お酒を飲み過ぎる人はたくさんいます
なかにはじゅうぶん飲めない人もいます

別に無表情な顔をしているわけじゃありません
これがわたしの顔なんです

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Friday, June 12, 2009

大量の乾し貝は固形スープの素として利用されたのか

ウィキペディアによれば、東京湾周辺は世界一の貝塚密集地帯と言うことになる。また世界的には、日本をはじめ、カナダのブリティシュコロンビアを中心とした北西太平洋沿岸域、北米アメリカ東海岸のメイン州を中心とした大西洋岸、デンマークを中心としたヨーロッパ地域のほぼ同緯度で、氷河期が終わった以降に貝塚がどっと出現している。これまでこの貝殻の堆積については、当時の人たちのライフスタイルがなかなか見えてこなかったために、貝を食べた後のゴミという考え方が普通だった。これに対して縄文時代の貝塚は、貝の身に海水の塩分を濃縮させた「干し貝工場」のごみ捨て場だったと思考を一歩進めた学者がいる。奈良文化財研究所(奈良市)の松井章・埋蔵文化財センター長(動物考古学)で、アフリカ・セネガルで約4000年前から続く貝活用法をヒントにこの説を考えたという。朝日ニュースコムが報じている。

松井さんは08年4月、セネガルの首都・ダカールの南約50キロに広がる貝塚群を調査した。数万平方メートルの広大な貝塚の上にある集落で、約100人が古代と変わらない漁労生活を営んでいた。最古の貝塚はダカール大学の調査で約4100年前から続く。

住民は太古から、カキや巻き貝のむき身を海水で煮込み、水分を蒸発させてから天日干しをして大量の干し貝を作ってきた。身には塩分が濃縮され、そのままでは食用に適さないが、スープの固形だしとして使う。現在は近隣都市の市場で販売され、現金収入源になっている。

松井さんはセネガルの例をもとに「日本でも集落全体で塩分を濃縮した干し貝を生産し、内陸部との交易品としていたのではないか」と考えた。セネガルの干し貝を奈良県工業技術センターで分析したところ、サケやサバの干物の約3倍の塩分が確認された。縄文時代の技術では、海水から塩を作るより、貝のむき身に塩分を濃縮させる方が効率的だったのではと推測。

貝をインスタント固形スープの素として使うという考え方は、新鮮だな。お湯の中に入れることでだしが取れるだけでなく、塩分も取り出せてスープのベースができあがる。内陸の人たちとの交易品にぴったりだったかもしれない。

arrowhead_small 縄文貝塚「干し貝工場のごみ捨て場」 奈良の研究者新説(2009年6月12日8時9分

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Thursday, June 11, 2009

オフビートな宇宙体験


若田さんの宇宙体験をオフビートな感覚でまとめ上げたもの。きぼうのなかでなかなか楽しそうにやっておられます。音楽がいいね。Soundtrack: "Seashell" by Skylab (from the "Skylab#1" CD)だそうです。真面目な実験なのだろうが、笑えます。お暇なときにご覧ください。

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アホウドリ・メディスン  アイヌの伝承

なぜあなたは、家でこの海鳥の頭蓋骨を大切にしなければいけないのか?

信仰の対象としてのアホウドリ、その起源は以下の通り:

Albatross昔々、何年も前のこと、アイヌの間に悪い病気が流行して、たくさんの人々が死んた。当時、善良で名誉あるトキランゲという名前の男がいた。さて、この男が不思議きわまりない夢を見たことがあった。夢のなかで彼は、人々が列をなして集まっている非常に大きな家を見た。列の先頭にはひとりのチーフが立っていた。彼はこう言っていた。「ある日、アイヌの国のなかを通り過ぎようとしていたら、とりたててなにか悪いことが起こるとは思ってもいなかったのだが、多くの家々の前で海の物と思われるある特別な鳥のおそろしい匂いをかいだ。その鳥は『アホウドリ』と呼ばれていた。よいか、みんな、その鳥たちの頭がある家には入ってはならない。そのような家はあなた方のはいるべき家ではないのだ」

夢から目を覚ますと、トキランゲは自分の見た夢のことをもっとよく知りたいと考えた。彼は起き上がってその夢の意味を求めて国中を聞いて廻った。彼が家々のなかの様子をうかがうと、そこの人々はみなアホウドリの首から上をお守りとして大事に家のなかにしまっており、柳の木を削って作るイナウをその前に捧げて、酒を飲んでいた。そのお守りを持っている人たちの様子をうかがうと、この人たちの間に病気はなかったのだが、アホウドリの頭をしまっていない家という家には、からずなかに身体をこわしている者がひとりはいた。これを見て男は自らもアホウドリの頭をひとつ手に入れて、それを信心し、頭蓋骨とくちばしを一部削ってくずを研ぎ出した。削りくずを容器に入れて、お湯を注ぎ、それを煎じて、病気の人々に飲ませたところ、この煎じ薬を服用したものはみなことごとく病から癒えた。

このことがあって以来、その鳥の頭蓋骨はイナウの削り屑に包まれて大事にしまわれて、病人が出るたびに取り出され、お盆のうえに安置されてみなは熱心にそれにむかって祈りをあげた。祈りがすむと、頭蓋骨の粉末は熱いお湯でで煎じられて患者に飲まされた。このように、アイヌははじまりにおいて、アホウドリの頭の価値を知らなかったものの、その男が夢のなかでその事実に気がつかされたおかげで、みんながそのことを知るに至ったのだ。男は、自分が夢のなかで見て、話す声を聞いたそのチーフこそ、病魔そのものであることを知っていたのである。

『アイヌとその民俗学』(ロンドン:宗教路協会刊行、1901)ジョン・バチェラー師著 より抜粋

The Ainu and Their Folklore, by the Rev. John Batchelor
(London: The Religious Tract Society, 1901)

ジョン・バチェラーのこと

*1854年にイギリスで生まれ1877年に横浜にやってきたたジョン・バチェラーは宣教師として北海道に渡り、アイヌの国を訪れた。いちばんの目的は布教。もうひとつは当時の日本人がアイヌの生活や言語や宗教についてまったくの無知だったので、なんとかアイヌという人たちのことを知らせるためという目的もあったようだ。彼はアイヌの人たちのなかで暮らし、アイヌのことを学び、晩年にはアイヌ語をアイヌと同じように話せるようになっていた。「アイヌの父」と呼ばれる彼が記録した民族学的な当時のアイヌの資料は、何冊かの英語の本にまとめられてイギリスで刊行されている。

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Monday, June 08, 2009

正しいHUG(ハグ)の仕方


How to Hug - The 5 Principles

フリー・ハグ・ムーブメントが世界を一巡りしたせいか、近ごろではハグもだいぶ日常的になってきた。冗談か笑いかからかいか、お金をチャージしてスーパーデラックスなハグをおこなうという人すらいたりする($2 Deluxe Hugs)。で、冒頭のビデオに登場する、カナダ人のプロフェッショナル・ストリート・ハガー(街頭でハグをするプロ)のマーチン・ニューフィールド(Martin Neufeld)さんは、もともとフリー・ハグ・ムーブメントをはじめた一人。筋金入りのハガーの彼によるとハグの仕方の原則は以下の5つ。彼は2007年にYMCAカナダによりピースメダルを授与された。

 ●尊敬を持つこと
 ●条件をつけないこと
 ●ハートからすること
 ●感謝をこめること
 ●瞬間を大切にすること

ぼくの知る最高にきまっているハグについてのコメントは、メキシコの先住民のヒーラーのもので、それは

「人は正気を保つために1日に3回のハグがどうしても必要だ」

というもの。

HUG

HO!

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バランスの取れた生き方・バランスの取れた食べ方

しばらく外出していたら「これが未来の食べ物だとあなたは自信を持って言えるだろうか」の記事のコメントが盛りあがっていた。これを記事としてとりあげたのはこのブログがテーマとしている「地球での生き方を学びなおす探求」と大きな関係があるからだ。その「地球での生き方を学びなおす」とは、ぼくにこの道を指し示してくれたネイティブ・アメリカンのローリング・サンダー(RS)という人物の口癖で言えば、「いかにバランスをとって地球のうえを歩くかを学べ」ということである。この「バランスの取れた生き方」というのが、なんというか、しばしばネイティブ・アメリカンの精神性を語るときにあたりまえのように使われるのだが、これがとてつもなく難関である。あらゆるいのちが網の目のようにひとつにつながっている世界のなかで調和を保って生きるとはどういうことなのかについて尋ねたとき、RSは「節度」をもつことの重要さを言い、「なにものにも中庸がある(Moderation in all things. )」と応えてくれたものだった。

食べ物は、あたりまえだがいのちにとってきわめて重要である。すべてのいのちはいのちをいただいていのちを長らえさせ、最終的にはおのれのいのちを別のいのちに捧げ出すというライフサイクルのなかに存在している。人間もこれからは逃れることはできないし、人間だけが生き残ればよいと言うものでもない。地球はそんなことを望んではいないだろう。そこにも節度・中庸があるはずだ。多くの狩猟採集の民族が、自ら進んでいのちをさしだしてくれる鹿やクマやバファローの神話を語り継いでいる。農耕民族の多くが穀物はいかに自分たちのところにやってきたのかを伝える物語をもっている。作物を祝福する儀式が数多く伝えられている。作物が生育するときにかたわらで歌う歌をもっている。植物・動物・鉱物のあらかじめ地球が産み出されたすべてのいのちを「心を持つヒト」として見る世界観のなかで、人間はなにを食べて生きてきたか、そしてこれからなにを食べていくか、またなにを食べないかは、ぼくが、そしてこのブログがこれからもこだわり続けるところである。

たとえば南北アメリカの先住民が自らにスピリットを与え続けてくれる作物としてのトウモロコシを最大の神聖な穀物とする世界で、飢えている人たちを横目で見ながら一部の人間がそのトウモロコシからエタノールを作り出して自動車に食べさせることは、バランスの取れた生き方なのだろうか? 詩的な意味において、ぼくは人間は、そしていのちは、食べたものになることを信じるひとりである。自分の食べるものがどこで誰によっていかにして育てられたのか、最低そのぐらいは知っていたいもののひとりである。なぜなら食べ物は、からだの栄養としても重要だが、心の栄養としても同じぐらい重要なものだからだ。

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魔術的な夜をありがとう

camp_fire滋賀県の奥琵琶湖でおこなわれたピースキャンプで風をひらいてきた。60名ほどの方が参加してくれて、不思議に魔術的な沈黙の時間とお話の時間を共有できた。すぐ目の前で見る琵琶湖は、海のように大きく見えた。琵琶湖はだいだらぼっちという巨人がその昔、富士山を盛り上げる土を掘り出した後に水がたまったものとする言い伝えがあるけれど、日本列島最大の湖はやはりとてつもない大きさだった。高島市新旭水鳥観察センターの奥に設けられたキャンプにはいくつものテントが張られ、火を焚く用意も出来ていた。あらかじめ近江国最古の神社である近くの白鬚神社(しらひげじんしゃ)の奥に鎮座する大きな力の石のなかの聖老人に挨拶をさせていただいたおかげか、当然ながらイベントは決められたスケジュール通りではなかったものの、スタッフとして参加していただいたみなさんの力もあって、実に美しく進行したと報告しておこう。風をひらいた後のおいしい料理、ロウソクと火を囲んでアコースティック・ギター2本によるライブの演奏も、みんなの心をとらえて優しさを心にみたしてくれていた。優しい風の吹き、雲が流れるなか、その後のお話は、最初こそ多くの人たちがいたが、2時間ほどたって一段落も二段落もした頃には、少しずつ眠りにつく人たちもいて、話すことをもってその場にとどまった人たちと最後のお話を終了した午前1時頃には、場は10人ほどになっていた。参加していただいた人たちは、耳の調子も良く、精神もとぎすまされていたので、このままいつまでも話していたい様子だった。そして12時をまわる深夜にはときおり頭上の雲間から満月が姿をあらわしてくれた。6月の満月を琵琶湖の湖畔で火を囲みながら眺めたことは喜び以外のなにものでもない。翌朝の明るい太陽の光のなかで、一面に光り輝く湖面を眺めつつオーガニックコーヒーをいただいて食事をし、たくさんの握手とハグと、再開を誓う言葉を交わして帰路についた。不思議に素敵な時間を共有できたことを白鬚神社の石のなかにおられた聖老人と、タッチインピースの田岡麗さんをはじめとするスタッフ、キャンプに集まってくれたみなさんに感謝します。

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«原発のプルサーマル実施計画見直しか